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文明誕生の歩みと哲学から天文、古典的科学と現代物理への進展史

・年・内 容名 称タグ解 説
補 足、 MEMO

1473年1473〜1543年ニコラウス コペルニクスポーランドのトルンで誕生。

1510年頃地動説(太陽中心説) 発表ニコラウス コペルニクス天文

1543年頃
(16世紀)
“天体の回転について” を発行ニコラウス コペルニクス
Nicolaus Copernicus
天文地動説での惑星の軌道計算を行った。
天文学に初めて初期的数学を持ち込んだ。

1613年“太陽黒点論” を刊行ガリレオ ガリレイ (49歳)天文太陽黒点を観測。太陽黒点で対立していたアッペルスへの手紙でコペルニクスの地動説支持を断言。

1616年2月25日
地動説に 宗教裁判にて警告
ガリレオ ガリレイ (52歳)
Galileo Galilei
天文,
宗教
第1回異端審問所審査で、地動説について説く事をヴァチカンのローマ教皇庁検邪聖省から注意コペルニクス著“天体の回転について”の 一般閲覧が ローマ教皇庁より、一時停止となる。

1632年“天文対話”(二大世界体系についての対話)を発表
相対性原理 (ガリレイ変換)
ガリレオ ガリレイ (68歳)
Galileo Galilei
物理,
天文
“慣性系” の運動法則は、地動説においても静止系と同一に成り立つ。等速運動の地球上で、物質が真下に自由落下する。運動法則の静止系との等価性を提示。 後にデカルトが普遍性を示し、ニュートンが慣性の法則として定義。教皇への考慮から、地動説派と天動説派との論争として“天文対話”を発表。 コペルニクスが唱え、ケプラーが発展させた太陽中心説を支持。
8月にイタリアのローマ教皇ウルバヌス8世の怒りをかい印刷と販売が停止。呼び出される。

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