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文明誕生の歩みと哲学から天文、古典的科学と現代物理への進展史

多くの本や資料には、特定の人物や事柄に 限られた年表だけが載っています。 しかし、それらの詳細も含めて合された年表が欲しいと々思っていましたが、 他に見つけられませんでした。  ならば自分で作ろうと考えたのが、この年表です。
人類が文化の本質でもある "言葉による対人"、火や道具をて、代文明にまで進展させる過程を、 物理科学を中心に情報ソースが見つかる度に、記してきます。 これは人類史を流れでみる年表です。
(要約して短文化出来れば内容を足す、と言う方向に時間をかけて、かし時に、記揺れを全部載せて、々な入門書の間を描ける事を「理想像」に置た解説です。)

🔮 宇宙論、ワープ航法、物理科学、学問年表


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関連タグ:哲学  宗教  天文  数学  物理  核物理学  電磁気力  量子  熱力学  化学  医学  心理学  認知学  言語学  古典物理学  現代物理学  理論物理学  技術

史実  コペルニクス  ケプラー  ガリレオ  ニュートン  マクスウェル  アインシュタイン  ホーキング  Black Hole  光について  統一理論  量子コンピューター  情報処理  オイラー  フェルマー  誕生|永眠

 

・年・内 容名 称タグ解 説
補 足、 MEMO

700万年程前類人猿と人類の間にあたるとされるサヘラントロプス”が生息アフリカの チャド頭頂部のみの発見で、二足歩行が主だったかは不明だが、直立もしていた可能性が高い。 身長1.5m程。脳容量はチンパンジー程。愛称は トゥーマイ。チンパンジーと分岐した考古学上最古の霊長類とされるが、それが雌のゴリラの祖先種なのか独自種かは、意見が分かれる。

600万年程前オロリン・トゥゲネンシス
霊長類が生息
ケニア直立二足歩行していた可能性が高いが、それでも森林に生息。野菜や果物を主に、時々肉類を食べていた。  脚の骨を発見。

500万年程前ユーラシア大陸と陸続きの
日本列島の形成
日 本後に火山の噴火、氷期と間氷期が交互に繰り返す氷河時代に地殻変動、水位変動が起こっていった。

400万 ~ 200万年程前アウストラロピテクス・アファレンシス (猿人) が生息アフリカ身長は約1.3m、脳容積はホモ サピエンスの35%程。骨格から2足歩行も出来ていた様だ。手の構造から、簡易な道具の使用が出来た様で、260万年程前のナイフの石が発見されている。

370万年程前2組の二足歩行の足跡タンザニアのラエトリ霊長類と思われる、2組の二足歩行の足跡を残す。

320万年程前霊長類、ルーシーが生息エチオピア身長1.1m、体重29kg程で2足歩行を主としていたと推定されたが、頭骨の容量はチンパンジー程。霊長類がより利口な頭脳を手に入れる事と、二足歩行取得が同時ではなかった事が示された。

240万年程前ホモ・ハビリンスが生息人 類身長1.3m、頭脳がルーシーの2倍、ホモ サピエンスの半分程有った。時折チーターやライオン等の餌ともなった。アウストラロピテクスが祖先種説が有る。
加工道具を使った考古学上、最初の人類。最初のホモ属。旧石器時代の始まり。

180万年程前霊長類のホモ・エレクトス
(人類の祖先、原人) が生息
アフリカ、ケニア当初はピテカントロプス・エレクトスと呼ばれていたが、北京原人、ジャワ原人と呼ばれたものと同等種。頭脳はホモ ハビリンスの1.5倍程。人類の一歩手前。アフリカを出た最初の霊長類。ヤリを使った最初の人類とされる。火を使い始め、焼肉を食し、100人程の集団単位で移住しながらの生活。

150万 ~ 40万年程前火の活用、 コントロールアフリカ、アジア技術50万年前からの10万年で、一般的に広がり、野獣除け利用。移住地を低気温地域へも広げた。ホモ エレクトスやその子系種は、70万年程前イギリスへ、40万年程前にはアジアへ移住した。

35万 ~ 2万4千年程前ネアンデルタール人
(旧人) が生息
ドイツ
イスラエル
ジブラルタル
ギリシャ
ロシア
アジア
ホモ エレクトス、ホモ エルガステル、ホモ ネアンデルターレンシス、ホモ ハイデルベルゲンシス、ホモ ローデシエンシスら旧人が、各地域で生息、その後氷河期の気候変動等によりホモ エレクトスが途絶え、ネアンデルタール人が最後まで残っていた。身長は1.6m程。狩猟は荒っぽく、植物は副食にすぎなかった様だ。各種間の関わりは弱目とされ、100万人程度のホモ属が広く分布していた。ネアンデルタール人の脳は現代人より若干大きく、背が低めで毛深い。マンモス、サイ、牛、トナカイ、等を食料とした。最初の墓、最古の笛文化が有った。言葉を話す我々と同の喉構造をしていた。

19万5千 ~ 7万年程前ホモ・サピエンス (新人) の出現人 類現在まで生き残る、より丈夫な霊長類が出現したが、その総人口は数千人にまでなった。アフリカからコサイン語族、コーカソイド(欧州人、クロマニヨン人)、モンゴロイド(中国人、米国先住民)、アボリジニー(豪州先住民) へ分かれ、各環境毎に変異して行き、より適応し各人種となった。集団生活単位が旧人よりも多く、男が大型な獲物の狩りを、女や子共は小動物や植物をと分業が成立し、多彩な食生活をしていた。人口激減の原因はスマトラ島のトバ火山噴火説でヴュルム氷河期へ、他に伝染病の流行説もある。ネアンデルタール人の絶滅は、ホモ サピエンスが捕食し、食料等を奪って絶滅させた説、劇的気候変動説、新人との混血で吸収された説、弓等の飛び道具を持たず不利だった等がある。
弓矢と投げヤリの発明、首飾り、腕輪等の装飾品の作と活用。

紀元前12万 ~ 前1万4千年頃日本列島の旧石器時代日 本技術台形石器、ナイフ形石器、その他遺跡を1万ヶ所以上を確認。木材も活用した。一定の生活領域を移動しながら採集狩猟生活していたと考えられる。無土器時代、先土器時代ともいう、明確に確かな最古の遺物は4万年程前までが中心で、世界では3万~1万年程前の後期旧石器時代にほぼ相当。

前7万年頃砂岩洞窟内に幾何学的模様の 線刻画南アフリカ数学数の概念、数学の知識に基づいた表記法があった。前提に記録と、非発声的伝達法の芽生えがあった。中期旧石器時代。

前4万年頃かまど利用での火の 高熱調整人 類技術その後、1万6千5百年程前、土器加工が可能となり、最古級の土器が日本で作られる事に繋がった。

前3万5千 ~ 前2万年頃先史時代遺物に、時間を表現しようとした物が有る
生理周期の記録
石器の急速な高度、多様化
アフリカ、
フランス
数学,
言語学
ハンター達は、獣の群の考察のため「1」「2」「多数」「無、ゼロ」の概念を使い数学的知識や天体観測に基づいた測時法があった。古代、記数法は、女性が生理日の記録のめに必要とされた遺物もある。整数や実数の集合、自然数の1要素としてではないものの、“0”の概念はこの時期からあったとも言える。
石器が急速に高度、多様化(理由に言語使用の一般化説)、木や骨製等の釣り針もあった。

前3万年頃ショーヴェ洞窟壁画フランス考古学上最古の動物壁画が多数。ネアンデルタール人によるとされる。

前2万3千年頃ラスコーの壁画フランスクロマニヨン人による洞窟壁画を多数。
氷河期の気候に対応し、肌が白くなった。
ホモ ネアンデルターレンシス消滅。

前2万2千年頃“ヴィレンドルフのヴィーナス”の母性の彫像オーストラリア実りと多産の象徴“ヴィレンドルフのヴィーナス”の母性の彫像。

前2万年頃
後期旧石器時代
遺物、“イシャンゴの骨”ナイル川源流地域
(コンゴ民主共和国北東部)
数学ヒヒの骨に大小の傷を並べ、最初期の素数列や古代エジプトのかけ算が10進法で記述された様だ。素数には割り算が必要で、最初の理解は紀元前500年の古代ギリシア時代との学者もいて、月の満ち欠けのカレンダー説もある。

前1万4千 ~ 前300年頃縄文時代日 本技術世界最古級の土器が作られ、縄文式土器に発展。廃棄物処理等、竪穴式住居に定住出来る環境がそろい、植物採取が本格化へ。弓矢での狩猟と、貝塚に見られる漁業生活等。土偶もこの時期。打製石器、磨製石器、骨角器などが使用された。
世界では中石器から新石器時代に相当。7万年程前からの最終氷期の終了の反動で7.7℃以上気温下降、100m以上も海面上昇し大陸から離れた。

前5500年頃考古学上最古の文明
シュメール文明の発生
古代メソポタミア技術チグリス川とユーフラテス川の間のオリエントに紀元前9000年頃シュメール人が移住し、ウバイド文化に育った。(文明とは、一定以上の政治体制、文字活用、建築様式、職業分化、貿易、農耕等を有する文化圏の事)社会的断層構造の形成。エジプト文明やインダス文明と交易があった可能性も有る。
考古学的に最古のビールやワインを飲んでいた。

前5500年頃銅の精錬が 始まるバルカン半島、
西アジア
技術銅の融点1083℃を炉で扱った。初期の加工の金属は、銅、金、銀、鉛、 スズと合金も活用。

前3800年頃鉄器の生産が 始まる古代エジプト技術紀元前3万年頃エチオピア、スーダンから移住が始まる。紀元前1万年頃牧畜が、紀元前9千年頃農耕が芽生え、ナイル川にそって発展が始まる。まだピラミッドも無い国家統一前の原始王朝時代。ビールの生産も始まった。
紀元前3500年頃、ワイン生産が始まる。

前3500年頃粘土版に最古級の文字体系、 楔形文字を本格活用
運送に厚板の車輪の使用
メソポタミア文明表記文字は突然の誰かの発明ではなく、記号や象形文字から発展し、文字活用が広まっていった。シュメールから有史時代のメソポタミア文明が始まる。銅器の使用等のウルク文化期。自然災害等は神の示し、それ以外の全ては星が決める等、考古学上最古の宗教的信仰を有した。

前3300年頃象形文字ヒエログリフ の確立
シリウス ナイル暦 (太陽暦) を活用
古代エジプト数学古代エジプトで使用の3種の内の1つの文字体系。後に“ロゼッタストーン”発見によって解読が進んだ。
1日を24時間としたのは、エジプト人だとされる。
記録に残る以前の紀元前4241年頃から、毎年のナイル川の増減水の暦、シリウス天文歴が使われ、太陽暦の起源だと言われる。

前3000年頃内経素問(基礎内科)著が登場中 国医学内科の基礎。その後3千年程数々の追記を重ねた。

前3000年頃バビロニア数学、60進法メソポタミア文明、バビロニア数学粘土版が数百枚発掘、60進法を用い天文学が発展簡易な分数表記も可能で、少数の概念もあった。“0”の概念は無かった。ギリシャ数学に影響を与えた説がある。後世の時間や角度単位に影響。

前3000 ~ 前2600年頃古代インド数学の 最古の史料インダス文明数学10進法による重量、距離の計量法、精密な定規、貝製コンパス、貝製の天球計測器等、様々な数学用具の活用。 数学的比率、幾何学的形態の活用。紀元前7000年頃からインダス川にそって文化、文明が育って行った。
円周率の値を知っていた説もある。

前2700年頃算盤の登場メソポタミア文明数学計算に広く利用される。月の満ち欠けに基づく日付を使用。

前2650年頃階段ピラミッド建造エジプトジェセル王による。

前2550年頃ギザの3大ピラミッドを建造
<建築者はイムホテップで医学にも長けていた>
エジプト宗教,
技術
クフ王、カフラー王、メンカウラー王による。人類滅亡後も未管理で数千年は残る5つと無い希少建築物の1つと言われるが、スフィンクスは風化する。当時約4千年間、世界最高の建築物で、 考古学上初めて人類を神(ファラオ)とみなし永遠を望んだ王の墓。個人の魂は太陽神ラーに沿うと信じた。

前2500年頃考古学上最古の戦車メソポタミア文明技術野生のロバが車を引いた。

前2000年頃製鉄の技術が広まる中 国技術耐火レンガの溶鉱炉で1535℃の融点に対応。

前1850年頃数学史料、モスクワ数学
パピルス
エジプト数学半球の面積や四角錐台の体積等、25の数学問題と、そ解法が記述されている。

前1800年頃バビロニア数学の史料メソポタミア文明、バビロニア人数学プリンプトン322、その他多数の粘土版に楔形文字で記述されている。これは直角三角形やピタゴラス数、または三角関数について記されている様だ。あるいは最新の解釈では、逆数の組の表、幾何学的な図形等について記されていて、教師から生徒に対しての問題集だとした。

前1810 ~ 前1750年頃ハンムラビ法典
“疑わしきは罰せず”の 最古級の法律
メソポタミア文明古バビロニア王。楔形文字で記述。考古学上2番目に古い法律で“疑わしきは罰せず”の原則を確立。“目には目を、歯には歯を”の訳でも有名で倍返し的過剰報復の禁止。有罪が判決されるまでは無罪。強者が弱者を虐げない事等を示した。

前1500年頃最古の天文歴の図エジプト天文1週10日の暦だった事が分かる。

前1274年頃記録に残る最古の戦争エジプトヒッタイト帝国と対2万人規模の戦いで勝利し、紀元前1270年頃に記録上最古の平和条約を結んだ。後のラムセス2世のネフェルタリ妃の豪華な墓場には、考古学上最古の愛の詩が残っており、男女の扱いの平等性を示している。

前700年頃最初の医学校の開校ギリシャのクニドス医学その300年後ヒポクラテスがイオニアのコス島に医学校を開き、多くの疾病を初記載し、“急性”“慢性”等、現在に通じる医学用語を産み出した。ヒポクラテスが紀元前460年~370年頃、原始的な迷信や呪術から、臨床と客観観察の医学へと発展させ “人生は短く、術道は長い”と説いた。

前600年頃有史上 最古の地図メソポタミア文明ヘロドトスの地図が描かれる。バビロニア人による。

前585年頃万物は “水” 単体からなる 一元論を示した
日食の予言
タレス
Thalēs
ターレス
哲学,
天文
トルコのミレトス学派で古代ギリシャの、記録上、最古の哲学者で教師。幾何学を用いピラミッドの高さ等を算出した。万物の基礎要素は生命に不可欠で変動が可能な根源、“水”からなるとした。タレス: 紀元前624~前546年頃、ピタゴラスの教師でもあり、非宗教的な宇宙解釈を有史上初提示。万物を、物か非物のいずれかとした。

前500年頃日食周期の記録バビロニア人天文

前495年頃ピタゴラスの定理の証明
平方数、立方数 を発見
数学に証明の概念を導入し 規則性を発見
ピタゴラス
Pythagoras
数学,
哲学
千年程前からバビロニアその他で知られた三平方の定理を古代ギリシャのピタゴラス学派が不変的に正しい事を“証明”した。哲学に数学や法則を持ち込んだ。当初、無理数の存在を否定していた。5種の正多面体、正4面体、正6面体、正8面体、正12面体、正20面体を示した。事象の基本に法則の存在を発見し、理解を深め証明を与えた。宇宙や存在の究極的本質は数(幾何学や比率等) だとし、“真理以外の全ては死ぬ定め”だと説いた。

前563 ~ 前483年頃万物の価値を等しく認識し我対 宇宙の存在原理を悟り、ブッダ (悟った者)とも呼ばれる様になる
空や十二縁起等として説き、 仏教の起源となる
ゴータマ シッダッタ (釈迦)
Gotama Siddhattha ( Śākya )
ゴータマ ブッダ
Buddha (仏陀)
哲学,
宗教
菩提樹の下で、後に仏教として伝わる悟りを開く。自己は非永遠を受け入れ、執着心や強いこだわり、そして自己愛、逆の過度な禁欲や苦行等も同様に、苦しみの根源、因縁となる邪心で、幻想としてしかない。自己は本質的に不完全で、因果の1要素でしかあり得ない、無我である。さらに死は苦や不均等の輪廻からの解脱であると認識する事が、 悟りの道とした。形而上学は幻想に対応し、真理は無いとした。釈迦は輪廻転生と、属する業の履歴も否定し、今の様なお経を唱えた事は無い。後に仏教として、空観、中観、仮観等の各解釈で伝わった。
日本の仏教は、元のインド仏教を中国で漢文翻訳後、日本文化を通して解釈し直し、元の釈迦の教えとは程遠い要素があるとの見方もある。

前475年頃万物は流転するヘラクレイトス哲学万物は川の様に絶え間ない流動状態でいる。紀元前535年頃エペソスで生誕。

前445年頃万物は不変にある
変化や時間の流れは幻想
パルメニデス
Parmenidēs
哲学無から有は産まれず、変化は錯覚で、原理は不変。感覚よりも理性に信を置いた。 ( 合理主義の発端 )イデア論が影響を受ける。( 紀元前515年頃生誕 )
後に質量保存の法則が支持。

前490 ~ 前420年頃万物は人類に対して
相対的にしか計れない
プロタゴラス
Protagoras
哲学全てに対して絶対的な、善悪や真理はあり得ないとし、“人間は万物の尺度だ”と示した。 後に、不完全性定理がこれを支持。

前469 ~ 前399年頃無知の知
絶対悪と絶対善
ソクラテス
Socrates
哲学悪は絶対的に、無知や欠落が原因で、絶対善は“知” で、相対的でないとし、絶対的概念を重要視した。無知の自覚も重要な“知”であるとした。文字は記憶力減退の原因で、弁論より説得力が劣るとし対話を重視し、書物を残さなかった。 (現代で言う電子書籍的な対象?)

前460 ~ 前371年頃万物は原子(Atom)とその運動と、空な空間のみからなるデモクリトス
Democritus
哲学原子は、全体として増減せず無性質、分割不可な単位だとし、物質はその組み合わせとして示した。万物は偶然によって起こらないとした。
最も基本的な粒子の概念、後に原子化学へ進展。

前427 ~ 前347年頃原子は正多面体とした
現世は本質世界である
“イデア界”の影に過ぎない
プラトン
Platon
哲学私達は生まれつき、イデア界の概念を持っており、出会う対象を認識出来る。現世と、そこでの知識はイデア界の不完全コピーに過ぎないとした。物質と解離する究極本質世界が存在するとし、精神と体は異なる存在だとし、学習とは、イデア界の再確認に過ぎないとした。(ソクラテスの生徒)

前350年頃地上の4元素 (土 水 空気 火)
地球が球体な証拠を物理的に示す<同時刻に、同一長さの棒を2本以上、十分な遠方に立て、影の角度や長さの差を観察>
心(魂)や想像力を探究
論理学の‘三段論法’を提示
アリストテレス
Aristotelēs
天文,
哲学
数学、物理学、生物学、論理学、形而上学、四元素説、等々を分類、研究し影響を広げ、宇宙を永遠の存在とし、運動が無なら時間も無。人は本性的に知を欲すると示した。イデア界に対して、犬のイデアが有るとすれば、さらにそれに対する超イデアが必要となり、またそれに対する超々イデアも無限に必要となる様な仮定だと示し必要ないとした。古代エジプトの冶金術から「錬金術」が始まり、古代ギリシャのアレキサンドリアで広まり、金や賢者の石、不老不死の霊薬は出来なかったが、原子の概念や、その他多様な発見をもたらし、ニュートンの時代まで続いた。
アリストテレスは真空を否定し、“エーテル”を説いた。後にカトリック教会もこれを支持していた。

前332 ~ 前265年頃人生は自由意志と共にあるキティウムのゼノン哲学善人や富みに生きる事を、強制されていない。あらゆる選択で、自然と調和と共にあるとした。後に、ニュートン等の古典物理と量子論等の現代物理(決定論と確率論) の間で論点となる。

前300年頃地図に経度を 導入メッサ の ディカエアルコス

前300年頃“言論”で “幾何学” の基礎を確立エウクレイデス(ユークリッド)
Eukleidēs( Euclid )
数学今でも使われる公理(自明的前提の仮定) や定義、原理、証明等を組み合わせた最初期のもの、幾何学の基本原則を確立。エジプトの図書館で教えていた。最古の哲学者ターレスが、幾何学をギリシャにもたらした。

前300年頃弥生時代日 本耕作技術中心の生活体系が広がり、竪穴式住居に定住し、倉庫として掘立柱建物や貯蔵穴を活用した。石器、木器を活用し、徐々に青銅器や鉄器が使われる様に。集落毎の紛争、戦争が頻発した。

・年・内 容人 名タグ解 説
補 足、 MEMO

前240年頃複雑形態物の
体積測定法を発見
浮力の原理を提唱
てこの原理の発見
アルキメデス
Archimedes
物理冠を水桶に沈め、あふれ出た水量で体積を比べた話が有名だが、これだと合金でも純金と誤差の範囲に収まってしまう。実際には、初めて科学的に発見した“浮力の原理”により同質量の金との浮力差の有無で示したと言われる。科学的に浮力を発見、“アルキメデスの原理”を提唱。 球体とそれに外接する円柱の体積比および面積比は2対3になる事を証明。πの値や、月までの距離を高精度で算出した。

前230年初期の歯車機構中 国技術青銅の40歯の歯車

前200年頃アラビア数字と10進法インド数学アラビア数字と10進法が現代の原型的型へ進化。

前160年頃約1000個の星の位置を記録
地球対太陽間の距離を計算
ヒッパルコス
Hipparkhos
天文恒星を1から6等星までの6段階に分けた。若干形を変えた視等級を現在も使用。1年の長さを6.5分程の誤差で測定し、数世紀前の記録と比べる事で、自転軸の変化に気いた。春夏秋冬の各期間が、均等で無い事を発見し、地球が太陽軌道の中心に無いと気付いた。
これら実績から球面3角法の原理が産まれ、角度の単位“度”が受け入れられた。

前4年 ~ 後28年神の子で 救世主イエス キリスト
Jesus Christ
宗教ユダヤで生誕。キリスト教、メシアとして、神の福音(ゴスペル) を説き、人間の罪の救済のため十字架にかけられ、復活したものとして信者が集まる様になり、正教会、カトリック教会、プロテスタント、等々の教派に分かれて信仰される様に。西暦とは、キリストが産まれたとされる年の翌年を紀元とするが、4年ズレている紀年法で、最も広く使われている。
キリスト教は救われの、仏教は自らの悟の宗教との見方もある。

132年最初の地震計 を発明張衡(ちょうこう)中国で遠方の地震を感知し、その方角を示した。

150年著書“ゲオグラフィア”クラウディオス プトレマイオス緯経線を使い世界地図を描いた。

150年以降
(2世紀)
全13巻の主著“アルマゲスト” で天動説のまとめや観測、天球 (球状の天上)で 48の星座分けたクラウディオス プトレマイオス
Claudius Ptolemaeus
天文,
数学
アリストテレス等々、以前の天文学を数学的に体系付けた。同心円状にバネを延ばした様な、逆行を含む複雑な惑星軌道の天動説(地球中心説) を周転円を用い説明した。千年以上、十数世紀の間、標準的解釈として、また原本が失われた引用を多く含むため、数学者の情報源としても受け入れられた。

354 ~ 430年頃悪の起源は 神ではないアウレリウス アウグスティヌス
Aurelius Augustinus
宗教,
哲学
神が‘全善全知全能’な場合、現世の悪や病気、天災の存在がおかしくなる。ゆえに現世の悪は欠落で、そうする他無かったとした。(消極的起源でも無い?)人類の世を、全能はWinWinの関係性に限定出来たのか?少なくとも現世は理性の自由選択を重視し、悪がある事で、相対的に善が、それとなる。

250 ~ 600年頃古墳時代日 本前方後円墳が築造された。古墳時代末期に倭国から日本国へと国名変更された。248年頃、邪馬台国の卑弥呼死亡。ヤマト王権の統一政権が倭国に確立。大和時代とも呼ばれた。

480 ~ 525年頃私達に自由意思はあり
神は私達の自由選択について、時間を超越して認知している
ボエティウス
Anicius Manlius Torquatus Severinus Boethius
宗教,
哲学
私達の行動が神の知る通りでも、私達には行動すると宣言し、しない自由もある。神には時間の見え方が違だけだとした。私達が神の知る通りにしか行動出来ないなら、そこに自由意志は無いとのアリストテレスの問いに対して。

750年星座の地図を 作成中 国天文

800年頃火薬の発見中 国化学富士山が噴火。

800年頃代数と方程式の記号を使った 解記法を創出アル フワーリズミー
al-Khuwārizmī
数学ペルシア人数学者が、それまでの文章代数計算から現在の記述法、“+、−、=” 等の記号方程式を確立。“アルゴリズム”はラテン語版の彼の名に由来。インドの“0”を表す記号が中東で使われ始める。

1011 ~ 1021年光学理論の研究 で7巻“光学の書”を書く
後の実験手法に 影響を与えた
アルハゼン
イブン アル ハイサム
Ibn al-Haitham
アルハーゼン
物理屈折、虹、色、影、日食等の研究に、その観察と実験手法も記した。眼球の各部位、構造について、初の正確な描写を行った。双眼視(立体視) についても研究し、視覚は、脳内で認識されると考えた。カメラ オブスキュラを発案。光の直進性を初めて実証。レンズの拡大視の仕組みを研究。近代光学の父と言われる。また"外部の力が無ければ、静止か、等速運動を続ける"とも言った。

1025 ~ 1028年“プトレマイオスへの疑義”アルハゼン天文天文学、数学等のプトレマイオスの矛盾点を出版。

1038年“七つの惑星の運航モデル”アルハゼン (73歳)天文科学史上初めて、軸中心で回転する地球像を提示。プトレマイオス以降初の太陽系モデル等を示す

600 ~ 1200年頃縦型羽の風力を動力に変換ペルシアの
シスタン地方
技術木の箱形風車(ポストミル) で風力を、穀物を粉にする等の機構に使われた、人力以外の動力源。風車機構は直ぐに中国に伝わり、世界中に広まった。その後水力、風力、蒸気、電力と発展した。

1154年最初の機械時計を製作シリアのダマカス技術

1126 ~ 1198年頃哲学と宗教は両立不可能ではないアヴェロエス
イブン ルシュド
哲学,
宗教
宗教の教えを文字通りとらえるだけでは真理を得られないとし、哲学によって再解釈あるべきとした。

1135 ~ 1204年頃神に属性は無く、正確に定義 出来ないと示したモーセス マイモニデス
モーシェ ベン マイモーン
宗教,
哲学
神は全善で全知全能と言うが不正確で、「創造主」等、神が行った事についてしか語れないと示した。神は、無から事象を創造出来るとした。

1202年“算盤の書” 発行レオナルド フィボナッチ数学0~9 の数字と桁の値を使用した計算法を提唱。インドのアラビア数字をヨーロッパに導入した。

1401 ~ 1464年頃神は人類の知る
何にも似ていない
ニコラウス フォン クザーヌス
Nicolaus Cusanus
哲学,
宗教

1473年1473〜1543年ニコラウス コペルニクスポーランドのトルンで誕生。

1498年“最後の晩餐” 完成レオナルド ダビンチ (46歳)1452年、イタリア近くのヴィンチ村で誕生。

1503年“モナリザ” を描き始めるレオナルド ダビンチ (51歳)1519年、フランスで永眠。

1510年頃地動説(太陽中心説) 発表ニコラウス コペルニクス天文

1543年頃
(16世紀)
“天体の回転について” を発行ニコラウス コペルニクス
Nicolaus Copernicus
天文地動説での惑星の軌道計算を行った。
天文学に初めて初期的数学を持ち込んだ。

1543年“ファブリカ” を出版アンドレアス ヴェサリウス医学初の詳細で正確な、人体解剖図と解説を載せた。当時社会的に未容認だった解剖学を進展させた。

1564年ガリレオ ガリレイ (0歳)
Galileo Galilei
2月15日、ピサ(イタリア、当時トスカーナ大公国領) で誕生。音楽家で呉服商のヴィンチェンツォ ガリレイの長男として誕生。

1571年ヨハネス ケプラー (0歳)ドイツで誕生。

1582年グレゴリオ暦(太陽暦)を制定ユリウス暦を改良した。ヨーロッパの一部から。

1589年落下速度と質量の関係
ピサの斜塔での実験
ガリレオ ガリレイ (25歳)
Galileo Galilei
物理重力加速度は、重さ(質量) に比例しない。アリストテレスの物と落下に関する説と信頼も否定する結果に。観察と実験と数学による検証の科学の開拓者。“ピサの斜塔の実験”の場所には諸説ある。
イタリアのピサ大学の数学講師(3年契約)となる。 哲学や形而上学から測定の科学へ。

1592年自由落下の垂直距離は、落下時の2に比例
摩擦力を定義
ガリレオ ガリレイ (28歳)
Galileo Galilei
物理等速度運動、加速度運動と摩擦、自由落下の研究。(自由落下物の垂直距離は落下時間の 2乗に比例。 投射体の軌道の三角法不使用な複雑な公式を導く)ピサ大学の職が期限切れに(更新されず)。
イタリアのパドヴァ大学教授へ(6年契約)。

1597年ガリレオ ガリレイ (33歳)天文ケプラー宛への手紙で地動説を支持。

1599年ガリレオ ガリレイ (35歳)パドヴァ大学教授に再任。マリナ ガンバと結婚。1男2女を授かる。

1600年火炙りの刑にガリレオ ガリレイ (36歳)宗教ジョルダノ ブルーノ、ローマ教皇庁により。

1600年関ヶ原の戦い日 本10月21日、慶長5年9月15日。 徳川家康の勝利。

1603年慶長8年江戸時代日 本3月24日、日本で徳川家康が征夷大将軍に任命されて江戸に幕府を樹立。〜(慶応4年)1868年、江戸城が明治政府軍に明け渡されるまでの265年間の江戸時代。

1608年オランダ技術ネーデルランド共和国で望遠鏡の発明特許紛争。

1609年(17世紀)自身初の自作天体望遠鏡で 初めて月を 詳細に観測した“星界の報告”を発表ガリレオ ガリレイ (45歳)
Galileo Galilei
天文,
技術
オランダで発明の望遠鏡を改良し、史上初の(10倍、そして20倍に作り替えた)天体望遠鏡による観測の詳細な報告。 月の非真球性、凹凸を発見。ガリレオの天体望遠鏡が世界初なのではなく、そを使った詳細な記録が史上初。
地動説の支持。 1610年とのソースもある。

・年・内 容人 名タグ解 説
補 足、 MEMO

1609年
楕円軌道について “新天文学”発表
ケプラーの 第1、第2法則
ヨハネス ケプラー (38歳)
Johannes Kepler
天文,
物理
惑星は太陽を焦点に楕円軌道を描く。特定の惑星軌道で二つ以上の、同一時間の軌道曲線と太陽の3点を結ぶ線分の各面積は一定。(面積速度一定の法則)以前の惑星観は正円軌道説で、予測にズレが有り、楕軌道導入で(水星を省き) 高精度な予測が可能に。幾何学と自然現象との相関関係を示す。

1610年木星の4つの衛星を発見
金星の満ち欠けの観測
ガリレオ ガリレイ(46歳)
Galileo Galilei
天文木星の衛星をメディチ星(トスカーナ大公家の事) の星と名づける。 “星界の報告”で発表。 天の川が無数の恒星の集合な事も観測。 地動説への言がが多くなる。 ピサ大学の教授に。

1610年“星界の報告者との対話” を発刊ヨハネス ケプラー (39歳)天文ガリレオを擁護。

1611年ケプラー予想を示す。ヨハネス ケプラー (40歳)
Johannes Kepler
数学真球を敷き詰めた時、面心立方格子が最密になると予想した。 規則正しい条件ではガウスが証明し、不規則な敷き詰め方に関しては1997年にトーマス C ヘイルズがコンピューターを使証明した。

1611年ガリレオ ガリレイ (47歳)
Galileo Galilei
ローマを公式訪問。バチカンに自身の天文学的発見の重要性を説く。(地球中心説否定の証拠も含んだ)リンチェイ アカデミー(山猫学会)に選ばれ入会。
コロンベと水に浮く氷に関する公開討論で勝利。

1613年“太陽黒点論” を刊行ガリレオ ガリレイ (49歳)天文太陽黒点を観測。太陽黒点で対立していたアッペルスへの手紙でコペルニクスの地動説支持を断言。

1614年ガリレオ ガリレイ (50歳)
Galileo Galilei
天文,
宗教
大公妃クリスティーネに観測と教義が矛盾すれば観測と実証が優先されるべきという手紙を送る。聖職者からの最初の反撃はドミニコ会の司祭カッチーニからだった。

1615年ガリレオ ガリレイ (51歳)天文ドミニコ会修道士ロリーニと地動説での論争に。

1616年2月25日
地動説に 宗教裁判にて警告
ガリレオ ガリレイ (52歳)
Galileo Galilei
天文,
宗教
第1回異端審問所審査で、地動説について説く事をヴァチカンのローマ教皇庁検邪聖省から注意コペルニクス著“天体の回転について”の 一般閲覧が ローマ教皇庁より、一時停止となる。

1618年自然対数のネイピア数を 発表ジョン ネイピア
John Napier
数学ケプラーへの補助的目的もありまとめた。後にオイラーが厳密に求め“ e ”と表した。発見はヤコブ ベルヌーイ。

1618年ケプラーの 第3法則ヨハネス ケプラー (47歳)
Johannes Kepler
天文,
物理
それぞれ惑星の公転周期の2乗は、楕円軌道の長半径の3乗に比例する。(または、 1619年に発表のソースも)

1622年
宣言書 “贋金鑑識官” を出版、真理は 数学という言語 で記述
ガリレオ ガリレイ (58歳)
Galileo Galilei
哲学,
天文
グラッシと地動説と彗星に関する論説で対
「自然哲学は広大な宇宙という書物に数学という言語でただ書き広げられている。」とした。
ヴァチカンの承認を受けローマ教皇ウルバヌス8世への献辞付きで刊行。 1623年に教へ提出。

1624年観測用に顕微鏡を改良し 作成ガリレオ ガリレイ (60歳)技術オランダにて発明の顕微鏡を大改良、昆虫を観察。ウルバヌス8世に呈示した。

1628年心臓による血液循環を発見ウィリアム ハーベイ医学血液の円循環。それまでの学派から反論を呼んだ。卵子と精子による受精生殖説を初提案。

1630年頃算術の熟読と48の注釈を付け数学的「予想」と「自称の証明」を残したピエール ド フェルマー (29歳)
Pierre de Fermat
数学古代ギリシャ数学者ディオファントス著 “算術”の余白に計48の、具体的経過を含まない数学的 “予想”と“自称の証明”の注釈を付ける考察を始めた。死後の1670年、長男のサミュエルが書込み付きで再出版。後の数学者達が、真の証明を示せずに残った1つが “フェルマーの最終定理” と呼ばれた。

1632 ~ 1677年頃神は “いっさい” だとしたベネディクトゥス スピノザ
(バールーフ デ スピノザ)
宗教,
哲学
自然、物理規則そのもの、万物に神は伴う。汎神論。1676年にライプニッツと対話を交える。後にアインシュタインも、スピノザの神の信仰を公し、人格の有る神様を否定した。

1632年“天文対話”(二大世界体系についての対話)を発表
相対性原理 (ガリレイ変換)
ガリレオ ガリレイ (68歳)
Galileo Galilei
物理,
天文
“慣性系” の運動法則は、地動説においても静止系と同一に成り立つ。等速運動の地球上で、物質が真下に自由落下する。運動法則の静止系との等価性を提示。 後にデカルトが普遍性を示し、ニュートンが慣性の法則として定義。教皇への考慮から、地動説派と天動説派との論争として“天文対話”を発表。 コペルニクスが唱え、ケプラーが発展させた太陽中心説を支持。
8月にイタリアのローマ教皇ウルバヌス8世の怒りをかい印刷と販売が停止。呼び出される。

1633年地動説の間違いを宗教裁判で 誓わされるガリレオ ガリレイ (69歳)
Galileo Galilei
宗教,
天文
第2回異端審問所審査で、ローマ教皇庁検邪聖省から6月22日に終身刑。 直後、トスカーナ大公国ローマ大使館での監視と軟禁に減刑。
そこで詩人や科学者、音楽家達と頻繁に対話した。
シエナのピッコロミーニ大司教宅に身柄を移された後、フィレンツェに行く事を禁じられたが
娘セレステの重病の知らせで、アルチェトリの別荘へ戻ることを監視付きで許される。

1634年ガリレオ ガリレイ (70歳)最愛の長女マリア セレステ死去。誕生時の名はヴィルジニアで、ガリレオが看病。

1637年“方法序説”を公刊
“我思う,ゆえに我あり” と説く、解析幾何学の基礎となる座標系をフェルマーとの文通を交え新たに定義し、 代数と幾何学を結びつけた
ルネ デカルト
(41歳)
René Descartes
哲学,
数学
第4部で “全てを疑おうとしても、そこに疑問を抱く自分だけは絶対に疑い様が無い”という命題 “我思う、ゆえに我あり” (Cogito ergo sum) を説いた。第5部で、宗教裁判で異端となる懸念で公表を控えていた“世界論”(宇宙論) の内容を略述。全て事象は原理に由来するとし、心臓も機械ポンプだと言った。神を無限な実体として世界の根底に設定、精神と身体という2つの有限を立てた。宇宙を原理構造的に解釈し、新設の解析幾何学の直交座標系(デカルト座標) によって、惑星軌道を幾何的に捕えた。初版は、宗教裁判を恐れ、偽名で発行。
後の近代哲学の起点、科学進展の鍵とされた。

1638年“新科学対話” を発表ガリレオ ガリレイ (74歳)
Galileo Galilei
天文両眼を失明、前年に片目を失明。 弟子のエヴァンジェリスタ トリチェリが口頭筆記を行った。晩年 振り子時計を発明。
図面を息子とヴィヴィアーニが書き上げる。

1640年手回し式計算機 パスカリーヌ (歯車式演算装置)を作成し父親に授けたブレーズ パスカル (17歳)
Blaise Pascal
技術原理的に計算機の可能性を実証しコンピューターの概念を多数導入、その後の計算機の発展に大きな影響を与えた。史上初の機械式計算機の構想、設計、製作を行い、1642年に完成し加減算の計算機を発明した。

1642年ガリレオ ガリレイ (77歳)1月8日、アルチェトリで永眠。

1642 ~ 1727年ニュートン力学、
運動方程式、
万有引力の法則を提唱
アイザック ニュートン
Sir Isaac Newton
物理,
天文
微分積分の発見。 イギリスの物理学者(光学、力学)、天文学者、数学者。 実証主義科学の礎。初期は、現在のエネルギーの概念ではなく、力を論じ、力学上初めて引く力を想定した。錬金術に関する書物も多く残した。

1642年アイザック ニュートン (0歳)12月25日、ウールスソープ(イギリス)で産まれる。( イングランド:イギリス )

1643年水銀柱の実験で真空を発見エヴァンジェリスタ トリチェリ
Evangelista Torricelli
1641年からガリレオの弟子となる。1608年10月15日誕生、水銀気圧計の発明者。

1648年パスカルの原理 を発見ブレーズ パスカル (25歳)
Blaise Pascal
物理,
熱力学
流体の入った容器内の1点に力を与えると容器全表面に垂直で均等な力が生じ、圧力が増える。流体静力学や気象学の基礎を築き、圧力の国際単位はパスカル(Pa)となり。現在、気象界でもミリバールからヘクトパスカルが重宝される様に。

1652年
フェルマーとの ギャンブル関するから “確率論” を考案
ブレーズ パスカル (29歳)
Blaise Pascal
数学確率論の創始。他にカルダーノ、ホイヘンス等によって拡張され、ラプラスによって統合された。この年、ロードアイランド州で、北アメリカ初の奴隷を禁止する法律を制定。

1655年土星の衛星タイタンを発見クリスティアーン ホイヘンス (26歳) 天文50倍の自作望遠鏡で土星の衛星タイタンを発見。

1656年土星の環が環状な事を発見
オリオン大星雲の独立発見と初スケッチを残した
クリスティアーン ホイヘンス (27歳)
Christiaan Huygens
天文当時兄と、対物レンズと接眼レンズが大きく離れ鏡筒が無い(100倍の) 空気望遠鏡を発明の説がある。12月25日、初めての機械式の振り子時計を実際に製作。(または1657年のソースも)
ハレーが、ロンドンのハッガーストンで誕生。

1660年フックの法則を発見ロバート フック (25歳)物理弾性のあるバネの伸びに対して張力が比例する特性。後のゼンマイバネの開発につながる。

1661年幾何光学的な
フェルマーの原理を発見
ピエール ド フェルマー
Pierre de Fermat
物理は光学的に最短、“時間”が最小になる経路を通る事を発見。
(これにより入射角と反射角が等しくなる等となる)
ホイヘンスの原理と合わせ、水面やレンズ等を通った光の屈折を示す“スネル・デカルトの法則”(屈折の法則) が導かれる幾何光学的法則。

1661年トリニティ カレッジに入学アイザック ニュートン (18歳)
Sir Isaac Newton
ケンブリッジの学校に、低身分の“準給費生”として入学。そこで独学で初めて本格的に数学と出会う。準給費生:日常の雑用活動で食費と授業料が免除される

1662年合馬車(馬車の共有) “5ソルの馬車”の仕組みを発明ブレーズ パスカル (39歳)
Blaise Pascal
技術現在のタクシーやバスにあたる 5ソルの馬車を使いパリで創業し初の公共交通機関となる。体調が悪化し死去。
下記、1670年に“パンセ”を出版。

1665年顕微鏡と望遠鏡を使った観察記録 “顕微鏡図譜”を出ロバート フック (30歳)
Robert Hooke
化学生物学の史上初の観察が含まれ、コルクを観察した時の小部屋構造を発見しCell(細胞)と名付けた。後に細胞壁であった事が分かった。この資料で、燃焼と空気の何らかの要素との関係。呼吸と空気の何らかの要素(酸素) との関係も考察し。引力と慣性力に関しても論じた。

1666年ロンドン大火イギリス中世都市ロンドンの85%が焼失し、教会堂の修復が行われる。翌年木造建築禁止、道幅も規定された。この大火により多くのペスト菌が死滅し感染者低減の一因になった説がある。

1665 ~ 1666年“驚異の年”
天上の原理と、地上の原理を統一する万有引力等の発見
アイザック ニュートン (22歳)
Sir Isaac Newton
物理,
天文,
数学
腺ペスト流行から休校で2年程ウールスソープに戻り「林檎は落ちるのに月は落ちない。地上と月公転の力学的等価性」の粒子説、プリズム分析(白色光はプリズムの混合色、色とスペクトルの関係)、反射望遠鏡の仕組み発明等の様々な考察と発見。虹色のグラデーションを7色だとしたのも彼。 “リンゴが木から落ちるのを見て万有引力を思いついた”とするのは後に語った事で諸説ある。
後にこの時期が生涯一、数学と自然哲学と発見の絶頂期だったと記している。

1666年微分積分を着想アイザック ニュートン (23歳)数学流率法(ニュートン流の微積分) を考察。フェルマーから微分のアイデアを得たという。

1666年“結合法論”の出版ゴットフリート ヴィルヘルム ライプニッツ (20歳)数学後の記号論理学、形式言語で使われる、記号集合を数論等に用いる事を考案。

・年・内 容人 名タグ解 説
補 足、 MEMO

1668年新方式の‘反射望遠鏡’を製作アイザック ニュートン (25歳)
Sir Isaac Newton
天文,
技術
発明者ジェームス グレゴリーの方式を改した。ニュートン式反射望遠鏡と呼ばれ、30倍だった。
1671年に王立協会へ献呈した。

1669年アイザック ニュートン (26歳)
Sir Isaac Newton
ケンブリッジ大学(トリニティカレッジ) の特別研究員となった後、一度断った後ルーカス教授職に就任、数学教授になる。その後、自然科学への研究を休ませ、錬金術や聖書、神学の研究をする様になり、三位一体の教義を斥け聖職者に成れず。

1670年“パンセ” 出版(ブレーズ パスカル)
Blaise Pascal
哲学,
宗教
生前、未出版のノートやメモ類を修道院の友人達の整理で死後に出版。 神の存在に対する利益と損失を自身の確率論で説いた“パスカルの賭け”や想像力の不可欠性を説いていた。パンセには「人間は考える葦」「クレオパトラの鼻が低ければ世界はもっと違っていただろう」等格言を含む。

1672年の粒子説を発表アイザック ニュートン (29歳)
Sir Isaac Newton
物理光が互いに衝突しても、拡散しないが、影は真っ直ぐで、波打っていない事から、光は粒子とした。 フックは光の分散と干渉に関し、波動説で反論。
内容の大筋は 顕微鏡図譜で発表済みと論争へ。

1674年“観察から地球の運動を証明する試み”に世界体系の発展版を付録ロバート フック (39歳)
Robert Hooke
天文太陽と惑星間の相互引力による楕円軌道を仮定し、近いほど引力が強まるとしたが、数学的証明を付けず、万有引力的普遍性にまでは未達成だった。惑星の回転軌道は、慣性成分と求心成分との2つの関わりからなると示していた。
使用する観測機器は誤差が大きかった。

1675年火薬を使った往復型エンジンを発明クリスティアーン ホイヘンス (46歳)
Christiaan Huygens
技術“(色収差が) 補正された望遠鏡”についてを発刊する。空気望遠鏡を解説。初の実用的な機械時計で、進み具合を調節出来るヒゲゼンマイのテンプ時計を制する。

1675年微積分の着想ゴットフリート ヴィルヘルム ライプニッツ (29歳)数学無限小解析学(微積分)と現在も使われる“ライプニッツの記法”をニュートンとは独立に着想。理性の真理と事実の真理があるとし、神は経験不用で全知だが、真理が無限にあるなら、私達は経験によって近づき続けるしか無いと示した。

1678年ホイヘンス・フレネルの原理を発クリスティアーン ホイヘンス (49歳)
Christiaan Huygens
物理波動の反射と屈折や回折(回り込み)を説明した。1836年、オーギュスタン ジャン フレネルが後進波が無い理屈を加え、1882年にグスタフ キルヒホフがヘルムホルツ方程式を基礎にフレネル・キルヒホフの回折理論を示した。

1679年フックと頻繁な手紙の交換を始めるアイザック ニュートン (36歳)
ロバート フック (44歳)
物理,
天文
他の会員の研究に対する意見や、惑星軌道や様々な問題の意を訪ねた。1680年フックが、重力の逆2乗則の考えをニュートンへ伝える。

1679年2進計算法を 完成させるライプニッツ (33歳)数学on, off, 2つの状態からの計算理論の基礎となる。

1684年“回転している物体の運動について”をハレーに送るアイザック ニュートン (41歳)
Sir Isaac Newton
エドモンド ハレー (27歳)
Edmond Halley
物理,
天文,
数学
「惑星が距離の平方に反比例な力で太陽に引き寄せると仮定すると、惑星が描く曲線は?」との エドモンド ハレーからの質問に「楕円だろう」と答えた時の詳細を、紛失した論文を書き直し送付した。ハレーはこの時、ニュートンが既に“ケプラーの惑星運動の法則”を統合的に含む原理を証明しているが、まだ発表していない事を知った。
万有引力着想のきっかけは、フックやケプラー、ガリレオ等だとする説がある。

1686年貿易風とモンスーンに関する論文や地図を発表エドモンド ハレー (29歳)
Edmond Halley
大気運動の原因が太陽熱であることを示した。気圧と海抜高度の関係を初めて明らかにした。

1687年
自然哲学の数学的諸原理で ‘運動の法則’ 等の整理を含む “プリンピキア”出版
アイザック ニュートン (44歳)
Sir Isaac Newton
物理,
天文,
数学
エドモンド ハレーからの援助と、力学研究のまとめの執筆の勧めからニュートン力学や、万有引力による惑星軌道など、宇宙の規則体型の総を提示。古典力学の基礎、500ページ余りの初版、全3巻。
微積分は用いず、ユークリッド幾何学を基礎に、作用反作用、運動、慣性の法則等を提示した。

1696年アイザック ニュートン (53歳)王立造幣局の役人になる。3年後に長官についた。錬金術や聖書に関する研究も行った。

1698年広範囲の 地磁気観測エドモンド ハレー (41歳)電磁気英国海軍のパラモア号艦長に任命で、2年間測。

1701年史上初の地磁気図の出版エドモンド ハレー (44歳)電磁気等偏角線が初めて描かれた海図の発表。

1703年エドモンド ハレー (46歳)オックスフォード大学のサヴィル幾何学教授に。ニュートン(60歳) が王立協会の会長になる。

1703年(18世紀)2進法の 研究を 進めるゴットフリート ヴィルヘルム ライプニッツ (57歳)
Gottfried Wilhelm Leibniz
数学イエズス会宣教師ブーヴェから送られた六十四卦を配列した先天図に、自らが編み出していた2進法の計算術があることを見いだした。中国やインドに紀元前からあった2進法を 数学的に確立させた。
1697年に記した手紙に2進法の記述がある。

1704年“光学”を匿名で 出版
微分積分を発表
アイザック ニュートン (61歳)
Sir Isaac Newton
物理

1705年アイザック ニュートン (62歳)イギリス人の最高の名誉“ナイト”の称号を受ける。

1705年“彗星天文学概論”を発表エドモンド ハレー (48歳)
Edmond Halley
天文ハレー彗星の軌道で、ケプラーなどが観測した1456年、1531年、1607年、1682年に現れた彗星は同一の天体で、後の1758年に回帰することを予言。ハレー彗星は、惑星以外で、太陽系を公転する天体の初めての確認となり、ニュートン力学の証明となった。

1707 ~ 1783年バーゼル問題を解決し解析学、微積分の洗練、級数、連分数、近似計算、特殊関数、微分方程式、多重積分、偏微分法、等々に実績を残すレオンハルト オイラー
Leonhard Euler
数学オイラーの定数、フェルマーの小定理の拡張、オイラーのφ関数、ゼータ関数、数論等、大量の業績や公式を残し、絶大な影響を広めた。息をする様に計算をする等の評判も有ったが、かなり目が悪く、むしろ気が散らず効率的とも自称した。1760年代までニュートン力学を容認せず、エーテル理論に固執し、その後万有引力理論を、幾何学的表現から近代的解析学に修正した。残した論文は人類最多の8百以上と言われ、彼が決めた数学記号も多い。

1716年地球と太陽間距離(天文単位) の高精度の求め方エドモンド ハレー (59歳)
Edmond Halley
天文金星の日面通過時に各観測地点での開始、終了時刻の差を用い地球と太陽間の距離 (天文単位) をだす。1761年および1769年に実際の観測が行われた。

1718年恒星の固有運動を発見エドモンド ハレー (61歳)
Edmond Halley
天文恒星の位置測定データを古代ギリシャの観測記録との比較で、不動とみられていた恒星の運動を発見。恒星間の距離が無限で無い事を提示。

1720年エドモンド ハレー (63歳)グリニッジ天文台長 (王室天文官) となる。そこで生涯を全うした。

1727年アイザック ニュートン (84歳)3月20日、ロンドンで永眠。国王並みの壮大な葬が行われた。

1729 ~ 1797年社会とは、実際のところ契約の事だエドマンド バーク
Edmund Burke
哲学市場に、それ単品のみで成り立つ物は無い。

1738年“流体力学” の発行ダニエル ベルヌーイ
Daniel Bernoulli
熱力学空気や水の速い流動になるほど、その部分は低圧力となる。後にオイラーが洗練させる。オイラーが力を定義後、1755年に基礎方程式を導き体系化した。

1742年エドモンド ハレー (85歳)1月14日、死亡。聖マーガレット教会に埋葬。ロンドン南東、リーの聖マーガレット教会。

・年・内 容人 名タグ解 説
補 足、 MEMO

1772年実験前後で総質量が変化しない、 “質量保存の法則” を発見アントワーヌ ローラン ド ラヴォアジエ物理体積と質量を精密に計測する実験で、化学反応の前後で、質量対称性の保持の原を発見。酸素(Oxygen) を命名し、 燃焼を酸素との結合で説明した最初の人物。

1788年“最小作用の原理” に沿う解析力学、“ラグランジュ力学” を構築ジョゼフ ルイ ラグランジュ(53歳)
Joseph-Louis Lagrange
物理ニュートン力学を後の数学、ラグランジュ力学(最小作用の原理) とハミルトン力学を用い総合。後の電磁気学や相対性理論等に応用でき、マクスウェル方程式、重力場方程式を導き扱える。

1788年‘熱’ はエネルギーの一形態というを示すベンジャミン トンプソン
Sir Benjamin Thompson
熱力学摩擦熱の観察から、熱を粒子の運動として説明し、カロリック説(熱素説) を否定する原理を示した。当年、ワットが蒸気機関を発明。

1796年初めて予防接種を行うエドワード ジェンナー医学天然痘の予防接種の種痘。初のワクチン接種。アレッサン ヴォルタが、初めて電池を製作。

1803年初の“二重スリット実験” を行うトマス ヤング量子初の二重スリット実験によっての波動性を示す。の干渉縞を再発見した。

1818 ~ 1883年これまでのあらゆる社会史は、階級闘争の歴史だカール ハインリヒ マルクス
Karl Heinrich Marx
哲学マルクス経済学の資本論、マルクス主義 ( 共産主義 ) を展開。

1821年
(19世紀)
磁気が羅針盤を回す逆の現象、電磁気回転を実証マイケル ファラデー
Michael Faraday
電磁気実験により、後のモーターとなる電動機の原理を導き、電気から初めて動力を生み出した。1791年 ファラデー、ロンドンで誕生。
19世紀で最も傑出した実験家となって行く。

1827年花粉などが水中で不規則的に動ブラウン運動 を発見し、 詳細な記録を残す。ロバート ブラウン
Robert Brown
熱力学花粉などが水中で不規則的に動くブラウン運動 を発見し、詳細な記録を残す。後に、この原理構造をアインシュタインが解明。

1831年電磁誘導 を発見マイケル ファラデー
Michael Faraday
電磁気動く磁石が電流を誘導する事に気付く。変圧器やダイナモの基礎に。発電機、電気磁石の原理を導く。ファラデーは、正規教育の大半を受けなかった。
当年、ジェームズ クラーク マクスウェル誕生。

1832年電気化学の法則を定式化マイケル ファラデー

1835年電気自動車を 発明ロバート アンダーソン技術

1840年初の硫酸エーテルの 麻酔手術クロウフォード ロング医学少年に硫酸エーテルを使った初の麻酔手術を行う。アヘン戦争勃発、 1842年終結。

1842年体熱は化学的反応によるユストゥス フォン リービッヒ医学

1843年熱と力学的仕事の等価性、
実験的に熱の仕事等量を初めて示し“ジュールの法則”を発見
ジェームズ プレスコット ジュール
James Prescott Joule
熱力学,
物理
電磁石の引力は、電流の2乗に比例する事を発見。また水に入れた導線のコイルを重りで回転させ誘導電流を流した時の、水の温度上昇の測定の実験から。電流からの熱量は、流した電流の2乗と、導体の電気抵抗に比例することを発見した。一方この熱はどこから来たのか原理構造の疑問に、実験全体の各要素の温度変化を(当時の)精密測定し、熱はコイルから移動して来たのではなく、導線で発生した事が示された。
多様な実験が、後に熱力学第一法則に繋がった。

1845年偏光現象と磁場の影響 を発見マイケル ファラデー電磁気偏光が磁場に影響を与える関係性を観測。幾度の実験の末、電気と磁気との関係を導く。

1846年‘麻酔’での初の公開手術を行ウィリアム モートン医学硫酸エーテル使用の麻酔手術。

1847年“エネルギー保存の法則”
熱力学の第1法則を確立
ヘルマン ルートヴィヒ フェルディナント フォン ヘルムホルツ熱力学ジュールが行ってきた熱の仕事当量の実験を基に、熱力学の第一法則、エネルギー保存の法則を導く。後にアインシュタインが導く質量とエネルギーの等価性から、質量も含めた総量が保持される。

1848年絶対零度を発見ウィリアム トムソン熱力学絶対温度目盛を導入。

1844 ~ 1900年神は死んだ
人間の生き様とは乗り越えられるべ何かだ
フリードリヒ ニーチェ
Friedrich Wilhelm Nietzsche
哲学,
宗教
キリスト教等で現世は、来世より劣るが、来世がどうあろうと無かろうと、私達は現世で生きている、そこから目をそらしては始まらない。現状の神は、手の付けられない程混乱している。これまで宗教家や哲学者がいだいて来た、高次元の価値を問い直すべきだと示した。

1852年磁気の‘力線’の実在性を主張マイケル ファラデー電磁気力線の概念については、一部から反発もあった。

1854年電磁気に関する論文ジェームズ クラーク マクスウェル電磁気“ファラデーの力線について” を発表。後にファラデーと交流を交わす様になる。

1854年絶対温度(K:ケルビン) を定義ウィリアム トムソン熱力学カルノーの関数に基づき定義。 単位は"K"。当年 and, or, not,等の演算、ブール代数 提唱。

1854年エントロピーと呼ぶ事になる 状態関数の概念を提示ルドルフ クラウジウス
Rudolf Julius Emmanuel Clausius
熱力学後にエントロピーと呼ばれる状態関数を導出。 熱力学の2篇目の論文を発表。物質が、例えば氷より、水蒸気の方がエントロピーが高い等と言われ、値は非可逆的に増大する。

1855年初めて真空管を作成ハインリヒ ガイスラー技術

1859年ダーウィンの 進化論
自然選択説 を提唱
チャールズ ロバート ダーウィン
アルフレッド ラッセル ウォレス
適者生存 “種の起原”を発表。DNAの解析と合わせ、現在研究が進行中。

1859年リーマン予想を発表ゲオルク フリードリヒ ベルンハルト リーマン
Georg Friedrich Bernhard Riemann
数学論文“与えられた数より小さい素数の個数について” 内で発表。簡易に言うと素数に関して、ゼータ関数の非自明な零点が無限に一直線にのみ並ぶと言う。現在でも未解決問題で、ミレニアム懸賞問の一つとなっている。
当年、ルドルフ ウィルヒョーが、細胞病理学を研究。正常に再生せず癌細胞となり増殖する事を示す。

1860年気体の分子論に関する論文ジェームズ クラーク マクスウェル物理個々の粒子の速度分布はマクスウェル分布に従う。気体の動力学的で、統計的な理論を示す。

1861年論文 “物理的な力線について” を発表し、 は電磁気と 双対的な事象の側面 と総括ジェームズ クラーク マクスウェル
James Clerk Maxwell
物理,
電磁気
エーテルに渦流が満たし、間の小さな歯車的構造が力線に沿い整列した力学モデルを提案し、正確なアンペールの法則を初めて導く。さらにエーテルを弾性体とし、電気と磁気の相互作用の波の伝播速度を光速度と導き、光と電磁気は双対的だと導いた。当時、実験検証の無い要素も合わせ、理論を組み上げた。
光の三原色の各フィルター別の写真を重ね、史上初のカラー写真の撮影にマクスウェルが成功。
1867年に、ファラデー永眠。

1865年消毒をフェノールで行い 治療ジョゼフ リスター医学初めて少年11歳にフェノールで消毒を行い治療。1866年、論文を発表し消毒方法の採用を 推進。

1865年空気中の微生物が、養分のある水分で発酵させると 実証ルイ パスツール
Louis Pasteur
医学ワイン等の発酵の研究による。
1862年に低温殺菌法の最初の実験を行う。
当年、メンデルの法則を提唱。エンドウ豆の実験から遺伝の法則を発見。遺伝学の誕生へ繋がる。

1865年熱力学の 第2法則、
“エントロピーの増大”を提示
ルドルフ ユリウス エマヌエル クラウジウス熱力学“エネルギー保存則”とエントロピーの理論を完成させ、熱力学の第二法則を示す。状態が取り得る可能な状態に対し、現状の乱雑度。 情報理論の基礎ともなった。

1865年論文 “電磁場の 動的理論”で
“マクスウェルの方程式”を発表
ジェームズ クラーク マクスウェル
James Clerk Maxwell
電磁気,
物理
電磁気に関する3つ目の論文で電磁波という用語を使い、電気と磁気と運動の相関を説いた。ここでは、エーテル、渦流、歯車等の未観測の要素を取り省き、ラグランジュ力学(最小作用の原理)で記述された。

1869年元素を“周期表”として整理ドミトリ メンデレーエフ化学元素の質量や役割を周期律で整理。当時未知な元素3つの存在の予言を示した。

1870年伝染病の‘細菌’病原説を実証ルイ パスツール、ロベルト コッホ医学近代細菌学の開祖。

1873年電気磁気論の 総括を出版
4つの方程式 を提唱
“マクスウェルの悪魔”を提示
ジェームズ クラーク マクスウェル
James Clerk Maxwell
電磁気,
熱力学
クラウジウスが提唱した熱力学の第二法則、“エントロピーの増大”に対する疑問、減少可能なパラドックスを示した思考実験“マクスウェルの悪魔”を提唱。均一温度の並ぶ2部屋に横断する小穴の扉が有り 高速運動粒子が来た時のみ扉を開ける悪魔が、物理的運動なしに、片側の温度を下げ続ける思考実験。

1878年細菌を研究ルイ パスツール医学微生物の組織、発酵、腐敗、接触感染 の研究。レンサ球菌、ブドウ球菌の種を特定。

1879年コレラのワクチンを生成ルイ パスツール医学瀕死の菌による予防接種。

1879年1879〜1955年アルベルト アインシュタイン (0歳)アインシュタイン、ドイツのウィルムで誕生。マクスウェル、ケンブリッジで永眠。

1881年“マイケルソン・モーリーの実験”を数度行い始めるアルバート マイケルソン
エドワード ウィリアムズ モーリー
物理地球の自公転に対する角度や、観測者の運動状態等によらず変化の無い光速度不変の原理を導く。例外的に光速度には、ニュートンの運動方程式が通らないかの様な計測結果を、幾度の実験が示した。

1887年誘導電流機の特許をとるニコラ テスラ技術当年、ダンロップが空気入りゴムタイヤを開発。

1890年パンチカードシステム導入ハーマン ホレリス技術パンチカード式統計機械を国勢調査に利用。歯車式に代わり、電気信号を計算機を 初利用。

1894年ペスト菌を発見イェルサン、北里柴三郎医学アレクサンドル イェルサンと独立に発見。治療につとめた。

1895年真空管からの陰極線の実験と写真乾板から、X線を発見ヴィルヘルム コンラート レントゲン量子様々な原子と真空管からの陰極線の実験にて、側の写真乾板が感光。陰極線以外の未知の線種を発見。未知を示す代数Xを名に当てた。 後の科学文明に広く活用。
当年、マルコーニが無線電信を発明。

1896年ウラン塩から放射線を発見アントワーヌ アンリ ベクレル物理ルイ ブノワが、X線の電離作用を発見。

1897年原子から出る陰極線は低質量な粒子による、電子だと発見サー ジョゼフ ジョン トムソン
Sir Joseph John Thomson
量子真空管の実験で、陽極側に曲がる現象を用い、陰極線の正体は原子自体が含む電子の放出と発見。原子が最小単位でない事を発見。
パウエル エールリッヒが、抗生物質を発見。

・年・内 容人 名タグ解 説
補 足、 MEMO

1898年ウラン鉱の空気の電離を発マリーと、キュリー夫人物理ラジウムを発見し“放射能”という概念を考案。アンリ ポアンカレが同時性は相対的だと提示。

1899年α粒子とβ粒子を発見アーネスト ラザフォード量子α線(ヘリウム原子核) とβ線(電子) を発見当年、フロイトが“夢判断”を出版。

1889 ~ 1951年私の言語の限界が
私の世界の限界だ
ルードヴィッヒ ウィトゲンシュタイン哲学言語は概念を示すのみの機能で、それ自体では無い。体感は物差しで示せても、言語の限定的な抽象度でしか語れない。語れない事は沈黙しかない。そのため映画や演劇、絵画や音楽があるが、各フォーマットから漏れた事は、無として処理されるしかない事に代わりはない。

1899年“ローレンツ収縮”を発表ヘンドリック アントーン ローレンツ物理等速運動する慣性系の物体の長さが,静止系より運動方向に収縮する原理で、後に時間の遅れを導入。マイケルソン・モーリーの実験や、電磁気学と古典力学の矛盾回避のため。

1900年エネルギー量子仮説を提唱マックス プランク量子原子の解離的、段階的なエネルギー構造を示し、“量子” という概念を初めて提示。滑らかな曲線的に増減しない。古典量子論誕生。

1900年γ線の発見ポール ヴィラール量子γ線(電磁波) の発見。ラントシュタイナーがABO血液型を発見。

1901年ABO血液型を確立カール ラントシュタイナー医学人類間でも差異のある要素を発見し、種類を特定。謎の事故が耐えなかった輸血を、初めて 安全に。

1902年スタンレー蒸気自動車を生産スタンリー マイヤー技術水を電気分解した酸水素ガスで、エンジンを起動。サットン等が遺伝子のありかは、染色体と示す。

1903年パブロフの犬イヴァン パブロフ心理学犬と唾液の実験から古典的条件付けを発見。

1903年原子の土星型模型を掲示長岡半太郎量子ライト兄弟が有人動力飛行に初成功。

1904年原子のプラムプディング モデル(ブドウパン模型)を掲示サー ジョゼフ ジョン トムソン量子正電荷の球内で、静止分布するスイカの種状の電子を想定。トムソン本人の命名ではない。中性の原子からの、負電荷の電子の検出から。

1905年
(20世紀)
光量子仮説 を提唱
光電効果の原理構造を導く
アルベルト アインシュタイン (26歳)
Albert Einstein
アルバート アインシュタイン
量子(炬燵で日焼けは不可能等) 光電効果の原理説明からのエネルギーは、無限に滑らかな変数ではなく、断続的、解離的、量子的値のみをとる原理を提示。の実像は波動説と粒子説間での論争だったが、 プランクの量子仮説を取り入れ、波と粒の双対的な量子だと示し、量子論の 土台となった。  3月。

1905年新たな分子サイズ測定方法アルベルト アインシュタイン物理分子が含まれる溶液の粘性とアボガドロ数から。4月。 ベルン特許局に勤めていた。

1905年ブラウン運動理論を提示アルベルト アインシュタイン物理水分子と微粒子の衝突が原因と示す。古典的現象との繫がりで原子、分子の実在を示す。

1905年光速運動 に関する
“特殊相対性理論”を提唱
不変的基準は ‘光速度’とした
アルベルト アインシュタイン (26歳)
Albert Einstein
アルバート アインシュタイン
物理,
量子
光速度不変則による相対的に歪む‘空間’と‘時間’に関する原理。‘時間’は普遍的に絶対不変の基準とされて来たが、時間でさえ相対的に歪む原理を初めて提示。光速度が絶対不変なら時間の方が歪むのだろうと示した等速直線運動という特殊条件下での理論。
当年、ロシアで第一革命。 “我が輩は猫である”出版。

1905年特殊相対論の解
E=mc2を提示
エネルギー = 質量×光速の二乗
アルベルト アインシュタイン (26歳)
Albert Einstein
アルバート アインシュタイン
物理質量とエネルギーの等価性を示し、位置、運動、電気、熱等のエネルギーは、エネルギー保存の法則で繋がり、 初めてエネルギーの本質像を示した。準光速で運動の質量は、光速度不変則から時間が鈍速に歪むが、 運動量保存則から運動エネルギーが質量へ変換される。  9月。

1906年AM方式で、 初の音声通信技術日本初の専用線電話一部設置。日本鉄道 国有化。

1907年“等価原理”を発見アルベルト アインシュタイン (28歳)
Albert Einstein
物理加速時の‘慣性の力’と重力は等価な現象だと、 エレベーター落下と無重力の思考実験から発見した。これを後に、“生涯で最高のアイデア” と語り、も曲がる事を予言。
当年、湯川秀樹産まれる。

1907年空間+時間の 4次元時空
ミンコフスキー時空を発表
ヘルマン ミンコフスキー
Hermann Minkowski
物理,
数学
特殊相対性理論に基づき、幾何学化した3次元空間に、時間軸を足した4次元時空として定義。当年“夢判断”に感激したユングが、著者のフロイトと出会う。

1909年原子、分子 の 存在を証明ジャン バティスト ペラン物理ブラウン運動の実験的検証。

1911年超伝導の発見ヘイケ カーメルリング オンネス物理液体ヘリウムで極低温化した水銀で観察。アインシュタインが第1回ソルベイ会議に参加。

1911年原子核の発見
ラザフォードの原子モデル
アーネスト ラザフォード
Ernest Rutherford
核物理ハンス ガイガーと共に、正電荷の球内を負電荷の電子が飛び回る説の検証実験で、原子核を発見。その回りで月の様に周回する電子像を 発表。
ウィルソンが放射線軌道の飛跡観測の霧箱を発明。

1912年ビタミンの 重要性を発見フレデリック ホプキンズ医学ビタミンと、その役を発見。気象学者ヴェーゲナーが大陸移動説を 提唱。

1912年ゲシュタルト心理学を発見マックス ヴェルトハイマー心理学認知とは、各要素の全体的構成への解釈だと示す。1942年 ゲシュタルト心理学を創始。

1912年宇宙線の発見ビクター フランツ ヘス天文気球で実験。中華民国臨時政府成立。

1912年X線の実像を 電磁波と実証マックス フォン ラウエ量子細かい波長の電磁波、X線の回折現象を発見。明治天皇死去。 タイタニック号沈没。

1913年原子番号の根源を示すヘンリー モーズリー量子原子番号が、原子核の正電荷の量だと示す。ユング、フロイトと決別へ。

1913年零点エネルギーを提示アインシュタイン、シュテルン量子量子的原理からエネルギーを 0に固定出来ない。後に不確定性原理や量子ゆらぎのためと 解る。

1913年ボーアの量子条件
新たな電子軌道の原子像
ニールス ヘンリク ダヴィド ボーア
Niels Henrik David Bohr
物理,
量子
一見、極微の太陽系の様な水素原子像を示し、原子核を電子が取り巻き、量子仮説を考慮し、エネルギーの段階により離散的な軌道を描くモデル。段階的に電子軌道を飛び越える度、特定波長の放射線の吸収や放出で、原子が光る原因とした。

1916年一般相対性理論を提唱
重力の原因は時空の歪みで、 初めて正確に水星軌道を求めた、重力場理論
アルベルト アインシュタイン (37歳)
Albert Einstein
アルバート アインシュタイン
物理重力と慣性力を等価原理で繋ぎ、同等な現象とした。質量が時空を歪め重力を生成、を曲げる事を導き出した。時間や空間に不変で絶対的基準は無い。宇宙に絶対的に静止した場所は無いと示した。特殊相対論に加減速、カーブ、重力、4次元時空 (空間+1次元の時間。“ミンコフスキー時空”) を含め一般化した。重力伝達速度は、ニュートン的な瞬時ではなく、 光速度。

1916年重力波に関する最初の論文アルベルト アインシュタイン物理質量により時空の歪みが波打つ現象を 予言。2016年に波の初観測。

1916年初の一般相対論の非回転な ブラックホール解を発表カール シュヴァルツシルト
Karl Schwarzschild
物理脱出速度が光速を超える領域、球対称な事象の地平面(シュヴァルツシルト半径) を示す。ルードヴィヒ フラムがシュヴァルツシルト解のワームホール的特性を指摘。

1917年光の誘導放出に関する論文アルベルト アインシュタイン量子後にレーザー光の基礎を築く論文を執筆。

1917年宇宙論的考察に関する論文 を発表、宇宙定数を導入アルベルト アインシュタイン (38歳)
Albert Einstein
物理,
天文
自身の方程式に斥力的な“宇宙定数”を導入。現在では、定数とは限らない事から“宇宙項”とした。そのままだと重力によって宇宙が、収縮か膨張するため定常宇宙を保てない事から。

1918年ゲージ原理 を提唱ヘルマン クラウス フーゴー ワイ量子標準模型の鍵となる、場の対称性の原理の基軸。この年、ドイツでエニグマ(暗号機) を作成。

1919年陽子を発見
中性子の存在を予言
アーネスト ラザフォード
Ernest Rutherford
核物理電子+陽子でも、原子の質量に足りない事から。アーサー エディントンによる日食観測で、太陽重力場でのの湾曲を確認。 一般相対論を実証。

1919年無意識に絡む “元型論” を提唱カール グスタフ ユング
Carl Gustav Jung
心理学“無意識”を個人的無意識と分けた“集合的無意識”(普遍的無意識)の根本要素、元型の概念を提唱。元型は、神話、民話、昔話、夢等に、人類共通の要素がシンボル的像として表れる。

1922年統一場理論に関する 初の論文アルベルト アインシュタイン物理重力と電磁気力の統一の原理を模索。当時知られていた、基本的な力学の統一を探求。

1922年一般的に膨張する宇宙を示す 重力場方程式の解を発見アレクサンドル アレクサンドロヴィチ フリードマン物理アインシュタイン方程式による膨張宇宙を示した。アインシュタイン来日途中に“光量子仮説” にてノベル賞受賞。

1923年コンプトン効果を発見アーサー コンプトン量子電子にX線を当て、X線波長が錯乱し、長く変化。この年、関東大震災が起きる。

1923年“自我とエス” を発行ジクムント フロイト心理学自我、衝動、超自我、無意識や抑圧の働きを提示。意識は、無意識の相互作用の結果のみを 知る。

1905 ~ 1980年実存は本質より先立つジャン ポール サルトル
Jean-Paul Charles Aymard Sartre
哲学これまでの哲学は、人間が人間であるための本質があるとして来たが、何よりも先ず産まれてからの事だとし、普遍的で絶対な人間の本質は無いとした。後に、実存主義と呼ばれた。

1924年電子の波動性 (物質波)を提示ルイ ド ブロイ量子が波状と粒状で双対的なら、電子もではと、ド・ブロイ波を提示。当年、ハッブルが等方向的に在る銀河を 発見。

1924年ボース・アインシュタイン統計を提示サティエンドラ ナート ボース
アルベルト アインシュタイン (46歳)
量子ボースがアインシュタインに送り、注釈を付けた粒子統計の論文。この年、日本がメートル法を採用。

1925年量子現象の“ボース・アインシュタイン凝縮”を予言サティエンドラ ナート ボース
アルベルト アインシュタイン (46歳)
量子後に一部の量子コンピュータの原理にも使われる。物質波(ド・ブロイ波)を支持。

1925年電子のスピンを定義ジョージ ウーレンベック
サミュエル ハウトスミット
量子量子力学的自由度のスピン角運動量を粒はもつ。量子の一つの状態。

・年・内 容人 名タグ解 説
補 足、 MEMO

1926年未観測の次元の導入による “カルツァ・クライン理論”提示テオドール カルツァ
オスカル クライン
物理新たに次元を導入した5次元時空で想定した重力は電磁気力に統一されるという理論に、クラインが円形に‘コンパクト化’された‘余剰次元’の概念を導入。カルツァが1919年にアインシュタインに手紙で送り1921年に提唱した初の5次元の理論を当年、進展させた。後に超弦理論の基軸に活用される。

1926年行列力学を提唱ヴェルナー ハイゼンベルク
Werner Karl Heisenberg
量子古典的な物理描像を捨て、ハイゼンベルク描像で行列表示した量子論の理論形式。1925年に初公開。ハイゼンベルク力学、マトリクス力学 とも言う。
当年、大正天皇死去、昭和と改元。

1926年波動力学を提唱エルヴィン シュレーディンガー量子シュレーディンガーの波動方程式を提唱。物質波をもとにした、量子論の一つの理論形式。
行列力学と数学的に等価な事も導いた。

1926年波動関数を確率の波と解釈マックス ボルン量子波動関数を物理的実在の波ではないと 解釈。波動力学の関数(ψ)の物理量の具体観を 提案。

1927年“不確定性原理” を発表ヴェルナー ハイゼンベルク量子同時の位置と運動量の厳密測定は‘原理的に不可能’。この年、ガーマーにより電子の波動性を 確認。

1927年第5回ソルヴェイ会議出席アルベルト アインシュタイン (48歳)
ニールス ヘンリク ダヴィド ボーア
物理ボーアとアインシュタインの確率論的量子論対、決定論的古典力学の論争が始まる。当年、チャールズ リンドバーグが
大西洋、単独無着陸飛行に成功。

1927年原始的原子モデルを提示ジョルジュ アンリ ルメートル天文宇宙創世は原初的原子の爆発からだとした。初めてビッグバン理論のモデルを提唱。

1928年陽電子(反電子)の存在を予言
“相対論的量子力学”を提示
ポール エイドリアン モーリス ディラック物理,
量子
対称性が鍵のディラック方程式を基礎に(特殊)相対論的量子力学を構築し、‘ディラックの海’から予言。量子力学にローレンツ対称性(空間と相対時間的収縮)を取り入れた。 後に、量子電磁力学へ発展する。

1928年“α崩壊”を‘トンネル効果’ の概念導入にジョージ ガモフ
George Gamow
核物理ある原子核の放射性崩壊時、トンネル効果をへて、ヘリウム原子核(質量数 4) を放出する現象と示す。この年ヴィデレが、線形加速器を発明。
ペアードのテレビが初めて信号を送る。

1923 ~ 2003年芸術とは人生の一属性だリチャード ウォルハイム哲学芸術の一般理解を求めるなら、芸術を一般市場内で定義するべきだとした。

1929年ペニシリン の発見アレクサンダー フレミング医学アオカビから世界初の抗生物質を発見。ニューヨーク株が大暴落、世界恐慌の 引き金に。

1929年マクスウェルの悪魔(熱力学的矛盾)の一次的撃退法 を示すレオ シラード
Leo Szilard
熱力学シラードのエンジンと呼ぶ粒子を1つ毎に扱う理論模型で、観測には必ず1つ以上の光子を当てる必要があり、そこでエントロピー増大が必要だとした。これは限定的な回答でしかなかったが、 熱力学を発展させた。

1929年虚幾何学として再構成した “非ユークリッド幾何学”を発表ニコライ イワノビッチ ロバチェフスキー数学大学の学報“幾何学の新原理並びに平行線の完全な理論”のなかで提示。その後ボーヤイ ヤーノシュや、ベルンハルト リーマンが進展させ、“非ユークリッド幾何学”とした。

1929年観測の結果をまとめ ‘膨張宇宙’ を初めて提示エドウィン パウエル ハッブル
Edwin Powell Hubble
天文ウイルソン山天文台での、セファイド型変光星や銀河のドップラー編移の観測で膨張宇宙を観測。地球から各銀河までの距離に比例した速度で遠ざかっている事を発見。新たな宇宙観へと導いた。

1931年ハッブルの観測 と出会い “宇宙定数”を撤回アルベルト アインシュタイン (52歳)
Albert Einstein
天文,
物理
ハッブルと天文台で出会い、銀河の赤方偏移の観測を確認し、膨張宇宙を承諾した。自身の方程式に“宇宙定数”を導入した事を“人生最大の失態”と言った。アインシュタインや以前までの常識では、定常宇宙が定説だった。

1931年β崩壊時、後にニュートリノと呼ばれる粒子の存在を 予言ヴォルフガング エルンスト パウリ
Wolfgang Ernst Pauli
核物理ベータ崩壊で放出する粒子のうち陽子質量の1%以下の中性微子が、エネルギーを持ち去ると想定。エネルギー保存則と角運動量保存則の保持から。チャンドラセカールが白色矮星の質量上限示す。

1931年2つの不完全性定理を証明
証明不能命題の存在を明示
クルト ゲーデル
Kurt Gödel
数学自身で矛盾の真偽を証明出来ず “全ての数学構造体の無矛盾な統合”が原理的に不可能だと示した。例えば“私は嘘を言う”という原理が有る時、真偽どちらでも矛盾となり、証明不能となる。

1932年中性子の発見ジェームズ チャドウィック核物理電気的に中性な粒子を観測。デヴィッド アンダーソン達が、陽電子を発見

1933年遺伝での染色体の役割発見トーマス ハント モーガン医学染色体が遺伝子の担体だと実証。古典遺伝学の発展に貢献。

1933年β崩壊に関する論文を発表エンリコ フェルミ核物理ベータ崩壊を、弱い核力によって説明。パウリ提唱の中性粒子に ニュートリノと命名。

1933年超伝導に関する“マイスナー効果”を発見フリッツ ヴァルター マイスナー
ローベルト オクセンフェルト
物理,
量子
超伝導体に磁場を向けると超伝導体内部の磁界が 0に保たれ、外からの磁場を跳ね返す反磁性的現象。超伝導体に上から近づけた磁石は、隙間を空けて浮く完全反磁性を示す。

1935年中間子論を発表湯川秀樹核物理強い核力を伝達する中間子(メソン) を予想。当年、マグニチュード(リヒター階級) を考案。

1935年量子論に相対論から矛盾点を 指摘する論文
“EPRパラドックス”を発表
アルベルト アインシュタイン (56歳)
ボリス ポドリスキー
ネイサン ローゼン
物理,
量子
量子もつれが、相対論と両立しないのでは?という思考実験のパラドックス。1982年のベルの不等式の検証により、この指摘が成立しない事を実証。当年、シュレーディンガーの猫のパラドックスを提示。波動力学の確率解釈、微視から巨視での波束の収束に絡む思考実験。

1936年“アインシュタインとローゼンの橋”を発表アルベルト アインシュタイン (57歳)
ネイサン ローゼン
物理ブラックホールとホワイトホールをつなげる事で、ワームホールの概念を発案。Black Holeの中心点に、無限のエネルギーを留めておく構造が理論上無いためWhite Holeへ。

1936年計算可能な数について、 決定問題への応用にて
“チューリングマシン”提唱
アラン チューリング
エミール レオン ポスト
熱力学軸が無限に長いテープ上を移動し、情報を読み込み、メモリに記憶、書き込むモデル。計算機の原理構造を数学的に定義した計算模型。ある論理式が回答可能かを事前判別する方法は‘原理的に無い’と提示。
アロンゾ チャーチが、アルゴリズム を定義。

1937年粒子と反粒子の構造が同一な“マヨラナ粒子”説を提示エットレ マヨラナ核物理CP対称性が保持された粒子の存在を 予想。
例えば、超対称性粒子等の中性フェルミオン等。
フリッツ ツビッキーが、銀河の重力レンズ的作用を指摘。

1938年ウランにて核分裂の事象を 発見オットー ハーン
フリッツ シュトラスマン
リーゼ マイトナー
核物理ハーンがウランに低速の中性子を当て、原子量がウラン半分程のバリウム同位体等を観測。マイトナーは分裂したと見抜き、初めて核分裂と呼んだ。ハーンとマイトナーが人工的に原子量を増やせるとの予想から原子核に中性子を当てた経過から。
当年からチューリングが、エニグマ解読を開始。

1942年ウランの連鎖反応が可能にエンリコ フェルミ核物理マンハッタン計画の一環の、初の原子炉が稼働。坂田昌一等が、πとμの2中間子説を提示。

1943年量子電磁力学 に対する 超多時間理論 を提示朝永振一郎量子初期の量子論では全体で一つの時間だったが、場の量子論では、それぞれに違う時間軸を割りふったこれにより量子電磁力学での因果律が破れていた問題を回避。

1944年抗生物質の発見セルマン ワクスマン医学抗生物質、ストレプトマイシンを発見。アメリカ軍、日本爆撃開始。

1945年世界初の核爆弾実験を行使アメリカ核物理トリニティ実験を実施。その後8月、実際に投下。広島(ウラン)、長崎(プルトニウム) 原爆を投下。

1945 ~ 1946年プルトニウムの臨界量を 測定ダリアン、 スローティン核物理プルトニウムの臨界質量の値を特定。最初の臨界事故の死者2名。(マンハッタン計画)

1947年π中間子(湯川粒子)の発見パウエル等核物理強い核力を伝達。アンデス山脈で宇宙線を観測。遺伝子組み換え実験が行われる。

1947年ラムダ粒子(バリオン)、K中間子(メソン)の観測ブルックヘブン国立研究所核物理以降、新粒子の発見ラッシュに。当年、日本国憲法が施行。
手塚治虫の漫画 “新宝島”を出版。

1948年トランジスタを発明ウィリアム ショックレー
ウォルター ブラッテン
ジョン バーディーン
技術ベル研究所で真空管に代わる増幅素子の開発を指示され、点接触型と接合型トランジスタを研究開発。湯川秀樹が量子の最小単位が体積 0の点でない一定領域な非局所場の理論を提示。空の“素領域場の理論”に進展。
後にループ量子重力理論へ。

1948年くりこみ理論を提唱朝永振一郎、リチャード ファインマン、ジュリアン シュウィンガー量子量子電磁力学の可換ゲージ原理における 無限大の発散の困難を解消。当年、カシミール効果を発見。量子ゆらぎ等からの負のエネルギーによる量子効果を初めて論証。

1948年宇宙の核反応段階の理論
α-β-γ理論を発表
ラルフ アルファー
ジョージ ガモフ
ハンス アルプレヒト ベーテ
物理,
核物理
ビッグバンの核反応段階の理論で、水素、ヘリウム、その他のより重い元素が、初期の宇宙で生成され、現在全ての元素の観測割合と矛盾しない原理。ガモフは、これを基に陽子、中性子、電子、ガンマ放射線の高密度な火の玉宇宙モデルを提唱。5kの宇宙背景放射を予言した。

1949年日本人初のノーベル賞を 受賞湯川秀樹核物理中間子の予測等からノーベル物理学賞を 受賞した。ホイルがルメートルの理論をビッグバンと呼ぶ。

1950年最初の臓器移植が行われる医学肝臓の臓器移植を行う。この年、フェルミのパラドックスを提示。

1950年ラッセル・アインシュタイン宣言に署名アルベルト アインシュタイン (71歳)アメリカ大統領、トルーマンが水爆製造を指令。
水素爆弾反対の宣言書をつくり、 署名する。
1955年に76歳で永眠。
ここに湯川秀樹も著名。
当年、 海底地図を作製。 朝鮮戦争勃発。

1950年“チューリングテスト”を提示アラン チューリング
Alan Mathison Turing
哲学,
技術
思考実験で、本体を隠した機械と交流し知能を認知した時、そこに“意識”が有ると 言えるかを考察。人の頭脳の原理も未知で、隠した機械と 同等か?
人工知能(AI) を開拓。

1952年ド・ブロイのパラドックスルイ ド ブロイ量子確率解約的、粒子と波動性のパラドックスを示す。アメリカ、初の水素爆弾実験を行う。

1953年有機物を生成する
ユーリー・ミラーの実験
スタンリー ロイド ミラー
ハロルド クレイトン ユーリー
化学水素、メタン、アンモニア、水の混合液に電流をあて続けることでアミノ酸等の有機物の生成を発見。アミノ酸というタンパク質の前駆物質が当時、原始地球同等とされた大気から生成された。

1953年炭素の核融合生成に成功フレッド ホイル核物理3個のヘリウム衝突実験。宇宙の炭素起源を提示。生成した原子核の性質を測定した。

・年・内 容人 名タグ解 説
補 足、 MEMO

1953年ニュートリノを原子炉で発見フレデリック ライネス
クライド コーワン
核物理水分子中の原子核とニュートリノの反応で生じる中性子と陽電子を観測した。 当初、弱い相互作用のみで質量 0と予想でパウリは、観測実現に消極的だったが、 初の成功。

1954年CERN(セルン) 設立スイス、フランス核物理欧州合同素粒子原子核研究機構。サーンとも発音。2008年に、LHC、ATLASを設置。

1954年量子的な 場の原理
ヤン・ミルズ理論を提唱
楊振寧(チェンニン ヤン)
ロバート ミルズ
Robert L. Mills
量子非可換ゲージ場の理論。可換ゲージ対称性の場の理論を、非可換ゲージ対称性にまで発展させた、カラーSU(3)対称性の 量子色力学等で活用。ワインバーグ・サラム理論、量子色力学、カルツァ・クライン理論、超弦理論らの基に導入。
マックス ボルンが波動関数の統計的解釈 を提示。

1956年波動方程式の
“多世界解釈” を提示
ヒュー エヴェレット
Hugh Everett III
量子量子力学を宇宙全体に適応した事で、観測問題の波束の収束が不用な並行世界的決定論な解釈を提示。フレデリック等が、ニュートリノを検出。

1956年“パリティ対称性の破れ” を予想李政道(リー セイドウ)、 楊振寧量子弱い核力で空間対称性(P対称性) が非保存とした。初の商用原子力発電所が、イギリスで 稼働。

1957年“チョムスキー階層”を提唱ノーム チョムスキー言語学普遍文法、形式言語の階層(生成文法) を提示。'現代言語学の父'と呼ばれ、認知科学 等に影響。

1957年超伝導の量子力学的原理
BCS理論を提唱
バーディーン、クーパー
シュリーファー
量子,
物理
電子のペアがボソン化し、集団で最低エネルギとなりボース・アインシュタイン凝縮的状態となる。当年、江崎玲於奈がトンネルダイオード(江崎ダイオード)を発明。

1957年ワームホールの実像を探究ジョン アーチボルト ホイーラー物理ワームホールと命名し、特異点を考察。彼は、ファイマン、エヴェレット等の 教師。

1957年パリティ対称性の破れを実証呉健雄(ウー、ゴ ケンユウ)量子,
核物理
コバルト60のβ崩壊、観測時に検証。最初の人工衛星スプートニク1号にソ連が 成功。

1960年ゲージ対称性の破れである“自発的対称性の破れ” を提唱南部陽一郎量子ヤン・ミルズ理論でボソンのゲージ場が理論上は質量 0 となるが、現実はそうでない問題を解消。常伝導から超伝導への電荷の破れの考察で発見。 ヒッグス場等のポテンシャルでも表れる事象。

1961年地球外文明の数に関する “ドレイクの方程式”提示フランク ドレイク
Frank Drake
天文天の川銀河内で人類と交流の可能性のある地球外文明の数を推測するドレイク方程式を示す。各恒星が惑星を保有、恒星系の安定、生命が知的に進化、通信可能期間、等々の確率を掛け合した。

1961年マクスウェルの悪魔の矛盾 を退治、計算に必要な最小エネルギーについてロルフ ランダウアー
Rolf Landauer
熱力学,
物理,
量子
コンピュータ記憶消去は非可逆でエントロピー拡大が必須と示し、情報処理は物理法則にしたがい物理的に許せない計算原理は不可能と提示。マクスウェルの悪魔の記憶の中でエントロピーが増大する事を示した。
当年、ガガーリンが人類初、地球周回軌道へ。

1962年ミュー ニュートリノを発見レオン マックス レーダーマン核物理

1962年ニュートリノに質量があると電子、μ、τ型間で変化するニュートリノ振動を定式化坂田昌一
牧二郎
中川昌美
量子,
核物理
ニュートリノに質量があった場合、電子、ミュー、タウ型間で変化するニュートリノ振動の予測を定式化。1998年に梶田隆章等がニュートリノ振動の観測を発表、2015にノーベル賞受賞。
当年、ビートルズがレコードデビュー。

1963年カーブラックホールモデルロイ カー
Roy Patrick kerr
物理,
天文
リング状の特異点を持つ。スピンするBlack Holeがタイムループを含む可能性を発見。原理上、Black Holeが時空を巻き込んで回転する時、空間と共に時間も歪む構造。

1964年粒子と反粒子に関する
“CP対称性の破れ”を観測
ジェイムズ クローニン
ヴァル ログスドン フィッチ
量子,
核物理
Charge(+- 電荷) Parity(スピン 鏡像) 対称性についてK中間子の崩壊時、寿命の対称性が破れる事象。現シャープがオールトランジスタ、ダイオードの電卓、ソニーがビデオテープレコーダを初発売。

1964年クオークモデルの提唱マレー ゲルマン、ジョージ ツヴァイク、ユヴァル ネーマン量子各独自にハドロン(複合粒子) 内部の素粒子構造としてクォーク模型を提示。当年、BASIC言語のプログラムを初実行。
ピーター ウェア ヒッグスがヒッグス機構 を提示。

1965年量子色力学に 色荷を導入南部陽一郎 等量子ハドロン内のクオークに色荷の原理 を導入。 クオークと強い核力がカラーチャージ対称性という性質で関わる。

1965年量子電磁力学を提唱朝永振一郎、ファインマン等量子相対論的量子力学を進展させくりこみ理論を適応。

1965年遠方銀河のクエーサー存在率の高さを観測マーティン リーズ
デニス ウィリアム シアマ等
天文クエーサー数の解析で、赤方偏移度に比例して多数に存在すると指摘。遠方銀河(より初期の銀河) なほど、クエーサーの存在率が高い事を示した。

1965年ビッグバンの 余熱的
宇宙背景放射(CMB) の発見
アーノ アラン ペンジアス
ロバート ウッドロウ ウィルソン
天文
核物理
アンテナを改造した電波望遠鏡で、全天から 2.7K(絶対温度)のマイクロ波背景放射を観測。当年、レオナード ヘイフリックが異常な細胞が分裂を続けて、癌細胞となる事を 発見。

1965年ブラックホール
“特異点定理”を証明
スティーヴン ホーキング
ロジャー ペンローズ
物理一般相対論の方程式の解で、真空で正の質量の恒星を扱う限り、必ず特異点が存在すると示した。体積 0の点でエネルギーが無限大となり、一般相対論と量子力学が衝突し法則不成立な点を提示。

1967年メタマテリアルの性質に関する論文ヴィクトル ゲオールギエヴィチ ヴェゼラゴ
Виктор Георгиевич Веселаго
物理,
量子
ソヴィエト物理学者がメタマテリアルと呼ぶ人口構造素材がマイクロ波に対して負の屈折率や逆ドップラー効果等の、特殊な光学特性を持てる事を提示。当年、中国初の水爆実験を行使。
初めてガンマ線バーストの天体を核実験監視衛星にて発見。

1967年電弱統一理論を提唱
( ワインバーグ・サラム理論 )
スティーヴン ワインバーグ
アブドゥッサラーム
量子,
物理
電磁気力と弱い核力の関係をヤン・ミルズ理論等で総括した。当時未発見のヒッグス場の自発的対称性の破れを前提としている。

1968年光触媒(本多・藤島効果) を発見本多健一、藤嶋昭技術,
化学
酸化チタンに紫外線照射で水が酸素と水に分離。1972年にネイチャー誌に発表。

1969年クオークの存在を実証ケンドール、テイラー、フリードマン核物理,
技術
陽子や中性子に、加速器での電子衝突で、内部に不均一な散乱を観測。ペンローズが、特異点は必ず事象の地平面内に隠れて問題にならない、宇宙検閲官仮を示す。

1969年アポロ計画で人類が初めて 月に上陸ニール アームストロング
(エドウィン) バズ オルドリン
技術,
天文
NASAのアポロ11号で月へ。星条旗と反射板、地震計等を設置、レーザーで地球間の距離計測に使用。ドロシー ホジキンがインスリンの構造 を提示。

1970年ハドロンに関するひも理論南部陽一郎、レオナルド サスキンド量子強い核力でハドロンを形成するひもモデルを提案。タキオンや、光子以外の質量 0 の粒子を 予測。

1970年チャームクオークの存在 を予想グラショウ、イリオポロス、マイアーニ核物理日航よど号ハイジャック事件。ビートルズ解散。

1971年ブラックホール脱毛定理
熱力学に関するホイーラーのパラドックスを示す
ジョン アーチボルト ホイーラー
John Archibald Wheeler
物理,
天文,
熱力学
一般相対論と電磁気学のみを考慮したBlack Holeに落ち込むと、質量、電荷、回転角の物理量 3つのみを残し、他の情報を保存しない矛盾の問題。他の物理量は事象の地平面内で消失し、情報を3本の毛に例え解説し、他は残さずエントロピーも消失する様に見える熱力学的問題を示した。

1971年ヤン・ミルズ理論へ
‘くりこみ理論’ 適応に成功
ヘーラルト トホーフト
マルティヌス ヴェルトマン
量子,
物理
量子色力学進展の鍵となる。インテル社が初のマイクロプロセッサーを発表。

1972年量子色力学を構築ゲルマン等量子ハドロンの強い核力に関する理論。カラーチャージ対称性を基礎とする。

1972年ブラックホールのエントロピーの保存を提示ヤコブ ベッケンシュタイン
Jacob David Bekenstein
熱力学,
天文
Black Holeに落ちた物のエントロピー値は、事象の地平面の表面積に比例して残る事を示した。上記 1971年、熱力学的情報の保存の破れに関する“ホイーラーの悪魔”の矛盾に、最初の回答。

1973年可逆でエントロピー消費 (増大) 不用な測定法を提示チャールズ ヘンリー ベネット
ロルフ ランダウアー
熱力学,
物理
任意の計算が、熱力学的に可逆(時間対称的)な装置で実現できる構造を、理論的に示した。ランダウアーが示した(上記1961年) マクスウェルの悪魔の退治法を進展させ、真去った。

1973年宇宙の量子力学的場についてエドワード トライオン
Edward Tryon
量子宇宙は巨大スケールの量子力学的ゆらぎで、正の質量が負の重力ポテンシャルとつり合ってると提示。ベトナム戦争で、アメリカ軍が撤退。

1973年クオークが6種類あると予言小林誠、益川敏英量子,
物理
反物質の消失とCP対称性の破れへの探究等から。日本赤軍がドバイ日航機をハイジャック。

1973年クオークの閉じ込め原理 ‘漸近的自由性’の発見デイビッド グロス、フランク ウィルチェック、デビッド ポリツァー量子クオークをハドロンに漸近的自由性(近づくほど自由度が高い性質) で閉じ込る構造を発見。ガーガメル実験で、Zボソンを生成し、中カレント反応(Zボゾンの相互作用) を観測。

1973年弦状(10-35m)の素粒子が基礎な超弦理論を提案シュワルツ、シェルク、米谷民明量子,
物理
素粒子の実体が閉じたひもの、超ひも理論を提案。9次元+時間軸の10次元を前提とする。

1974年チャームクオーク
(J/Ψ中間子) を発見
バートン リヒター等
サミュエル ティン等
核物理,
技術
ジェイ/プサイ中間子(チャームクォークと反チャームクォークからなる中間子) を観測。第2世代のクォーク。

1974年大統一理論 を提唱ジョージ、グラショウ量子前提から非自明な理論なため、標準模型とも言う。場の量子論に基づき、厳密に正確な予は可能。

1974年
擬似的な量子重力理論から “ホーキング放射” を提唱
スティーヴン ホーキング
Stephen William Hawking
量子,
熱力学
場の量子論を使いBlack Holeの蒸発的なホーキング放射、熱と事象の地平面の拡大も指摘。Black Holeと量子ゆらぎの関係から発見。
拡大をベッケンシュタインとは別角度から提示。

1974年ブラックホールを初めて観測マサチューセッツ工科大学天文小ささに比べ、超重力なX線源を、初めて観測。白鳥座 X-1にてX線観測衛星ウフルで発見。

1974年火の玉ビッグバン理論での各元素の存在比率の予言等を示すロバート ワゴナー
ウィリアム ファウラー等
天文,
物理
火の玉ビッグバン理論の予測と、観測の重水素とリチウムの存在率の一致を示す。インドで、初の地下核実験を行使。

1975年タウ粒子を発見パール核物理電子と陽電子の線形衝突型加速器にて。τ粒子、第3世代の荷電レプトン。

1976年カーボンナノチューブの発見遠藤守信技術,
化学
半導体特性と成長モデルの炭素構造 を発見。アルミ半分の軽さ、鋼鉄20倍の強度を保持。

・年・内 容人 名タグ解 説
補 足、 MEMO

1976年ブラックホールとホーキング放射に絡む、インフォメーション・パラドックスを提示スティーヴン ホーキング
Stephen William Hawking
量子,
物理,
熱力学
ホーキング放射は、Black Holeと真空上での量子ゆらぎによりランダムに生成された素粒子間の反応で対消滅する。これは吸い込まれた物質の情報とは、質量以外の関わりが無い。とすればこの物質の情報は、非可逆で完全な消失に見えるという矛盾。量子力学が正しいなら、物質の情報は何らかの形で保存されるはず、というパラドックス。
(ホイーラーが、も脱出不能な未発見当時の超質量天体をBlack Holeと名付けたが、穴とは2次元的表現上の例えで、実際は球状の天体)

1977年メソンを発見しボトムクオークの存在を確認レオン マックス レーダーマン
山内泰二
核物理,
技術
ボトムクオーク (ウプシロン中間子) を発見。この年、人間のMRIスキャンを初実施。
APPLE-IIを発売。

1977年5つのレプトンファミリーの存在を予想デビッド シュラム
ジェームズ エドワード ガン等
核物理,
天文
原始宇宙のヘリウム存在量とニュートリノの比の関係から、5つのレプトンファミリーの存在を想定。新潟市で、北朝鮮工作員が下校途中の 横田めぐみを拉致。

1978年ブラックホールの構造に関するホログラフィック原理を提唱ヘーラルト トホーフト
チャールズ ソーン
レオナルド サスキンド
物理,
熱力学
ソーンが弦理論により低次元のホログラフ的記述で、重力も扱えると示し、物質像が宇宙の地平面に描かれたホログラフ2次元的ペアの概念を示す。トホーフトが提唱し、サスキンドがまとめた未完成の理論なため、ホーキングのインフォメーション・パラドックスへの仮回答となっている。

1979年グルーオンを発見ドイツ電子シンクロトロン研究所核物理“ウォークマン”発売。 WHOが天然痘の 根絶宣言。

1981年ビッグバン直前の事象
インフレーション理論を提唱
アラン グース
佐藤勝彦
天文,
物理
インフラトン場による、宇宙の指数関数的膨張のインフレーション模型を提唱。多元宇宙も導く。ビッグバン理論の地平線問題(無関係領域も均一温度)と平坦性問題(宇宙の曲率が約 0 ) を解消。

1981年量子コンピュータの指数関数的高速性を予想リチャード フィリップス ファインマン量子,
物理
物理現象の真に厳密なシミュレートは、古典的計算機では無理で、量子的計算が必要だと示した。量子計算での問題点や、克復法を考察。
当年、スペースシャトルを初打ち上げ。

1983年量子宇宙論モデルによる “無境界仮説”を発表ジェームズ ハートル
スティーヴン ホーキング
物理,
量子
特異点や時間や空間もない無を避け、 虚数時間からトンネル効果をへて実数時間へ移行するモデル。一般相対論と量子力学を仮融合させ、因果律を守るため現宇宙以前の‘無’を消し、 虚数時間を導入。

1983年超弦理論のアノマリーの問題を解消し、量子力学と一般相対論の内包を発見マイケル ボリス グリーン
ジョン シュワルツ
量子,
核物理
閉じた弦を重力子と解釈し、余剰次元がカラビ-ヤウ多様体にコンパクト化されるタイプ Iの超弦理論で数学的矛盾点を解消し、進展させ研究が活発化。現在未発見の超対称性粒子の存在が前提となる。
当年、ファンデルメールとルビアがCERNの実験で(弱い核力の) WボソンとZボソンを発見。

1983年HIVウイルス を発見リュック モンタニエ医学AIDS (後天性免疫不全症候群) 感染が世界中に拡大。当年、赤外線天文衛星を打ち上げ。

1985年ヘテロ型 超弦理論を提唱グロス、ウィッテン等量子,
物理
全ての素粒子の存在を導ける超弦理論。日本初のエイズ患者を認定。 テトリス発。

1985年量子チューリングマシンを定義し、量子現象を普遍的にシミュレート可能だと証明デイヴィッド ドイチュ
David Deutsch
量子,
物理,
熱力学
学生時代に多世界解釈を証明する思考実験で、計測器を可逆にたどる模型を提案。それを当年、量子力学的原理での計算の“量子計算模型”として再定義。計算量理論に有益な原理を、物理学用語で記述された論文で、演算対象も想定が弱く当初は、物理学者にも計算学者からも、 注目され辛かった。

1986年フェルマーの予想に関する フライ・セール予想を提示し
この年、ケン リベットが証明
ゲルハルト フライ
ジャン ピエール セール
ケン リベット
数学フェルマーの最終定理が誤りで整数解が有った場合 全ての楕円曲線はモジュラーであるとする“谷山、志村予想”に反して、非モジュラーな楕円曲線が出来てしまうという構造が示され、その関係性を証した。一方オイラーは、乗数 “n”が素数の時に限定してフェルマーの最終定理の証明が可能だと示していた。( X2+Y2= Z2 の式のX,Y,Zを満たす整数解は無数に存在し“ピタゴラス数”と言う。)

1986年ループ量子重力理論を提唱アシュテカ、リー スモーリン等量子,
物理
時空を飛散的、量子的最小単位で量子化。時空も無限に連続的で滑らかな値をとらないモデル。

1987年ニュートリノの検出に成功小柴昌俊、レイモンド デイビス核物理,
技術
カミオカンデで超新星爆発のニュートリノを検出。陽子崩壊観測を目的に建てられたカミオカンデ。

1988年通過可能なワームホールを考察キップ ソーン
Kip Stephen Thorne
物理量子ゆらぎ的ワームホールを負のエネルギーや未知の原理で広げて利用する時間旅行の概念を示す。カール セーガンから小説コンタクトの相談を受けた事が着目の発端という。

1988年Toy model を提唱エドワード ウィッテン量子,
物理
寛容的に扱う多次元。トポロジカル的弦理論提示。余剰次元を位相幾何学的に捉える模型。

1989年超弦理論から 膜の生成を発見ポルチンスキー、ダイ、リー量子,
物理
Dブレーン(閉じた弦の集合)上での開いた弦との関係性がBlack Holeの情報保存や 構造探究の鍵へ。手塚治虫、松下幸之助永眠。
GAME BOY発売。

1990年時間順序保護仮説を発表スティーヴン ホーキング
Stephen William Hawking
物理,
量子
過去へのタイムトラベルでは、場のエネルギー密度が無限大となり、時空が保てず不可能だとした当年、ヒトゲノム計画が始まる。
World Wide Web を考案。

1990年認知の統一理論の必要性アレン ニューウェル認知学認知モデルの仮説群、認知の統一理論を 議論。実験データで検証不能な領域だと示した。

1991年初期宇宙の 相転移に関する
“宇宙ひも理論”
リチャード ゴット
John Richard Gott III
物理,
量子
初期宇宙の相転移時、光速度で情報伝達や相互作用が成り立つ範囲毎に複数の領域が、個別に相転移し合うだろう。その境界に位相的欠陥が残り、通常の時空とは異なる状態になると予想。位相的欠陥は、宇宙ひも以外にドメインウォール、モノポール、テクスチャー等がある。
2つの宇宙ひも周囲の一般相対論的な角度欠損が、タイムマシンにも利用出来るとした。

1992年ガリレオの宗教裁判に謝罪ローマ法王、ヨハネ パウロ2世宗教当時の宗教裁判を、誤りだったと 謝罪した。高エネ研(KEK)森田洋平が日本初のWebを公開。

1993年トポロジカルな弦理論を 拡張大栗博司 等量子,
物理
Toy model の適応範囲を超弦理論まで拡張。超対称ゲージ理論やBlack Hole 分析にも活用。

1994年正の質量と負の質量によるアルクビエレドライブ を考案ミゲル アルクビエレ
Miguel Alcubierre Moya
物理理論上、正の収縮と負の膨張の、時空の歪みの波に乗って、光速の数倍で移動出来るワープ航法。アインシュタイン方程式を基にしたが、全宇宙エネルギーの数倍強が必要で、実現不可能だとされた。

1994年言語の本能的自然選択スティーブン アーサー ピンカー言語学本能から自然選択的に生成する言語の概念を示す。シューメーカー・レヴィ第9彗星が木星に衝突。

1994年量子コンピューターでのショアのアルゴリズムを提示ピーター ショア
Peter Shor
数学,
量子
素因数分解を桁数が増えても単に比例的な時間で計算可能な量子アルゴリズムを提示。反響を呼んだ。ヴァジラーニ等提唱の“量子フーリエ変換” 等を基軸に組み上げた。

1995年フェルマーの最終定理を 証明
7年間、公言せずの研究によりフェルマー・ワイルズの定理とも呼ばれる様になった
アンドリュー ジョン ワイルズ
Andrew John Wiles
数学“Xn+Yn= Zn ”でnが3以上の自然数の時、X,Y,Zの式を満たす正の整数は存在しない。という一見単純な予想だが、何処にも存在しない事の証明は困難で360年を要し、ガロア表現、ヘッケ環、岩澤理論等、多分野の現代数学の粋を組み合わせ、上記1986年の谷山・志村予想に関する、フライ・セール予想から証明。フェルマーの“算術”への書き込みで「予想できる」としたものの一部は、後の数学者が ‘間違い’ として証明した例もあるが、「証明出来た」と示したものの全ては、正しいとしてライプニッツやオイラー等によって証明されて来ていた。そんななか残った1つの「証明」の予想だった。

1995年11次元を要する M理論を提唱し、5の超弦理論を統一エドワード ウィッテン
Edward Witten
量子,
物理
膜(メンブレーン)やI型、II(A,B)型、ヘテロ(SO(32), E8×E8) 型の5つを双対性によって繋げた。当年、ボーズ・アインシュタイン凝縮を観測。
太陽系外惑星を初観測。

1996年初のクローン羊、ドリー誕生ロスリン研究所医学スコットランドで初のクローン哺乳類、羊のドリーが産まれる。AppleがNeXTを買収し、Steve Jobsが 復帰。

1998年宇宙加速膨張の発見ソール パールマッター
アダム リース
天文,
技術
Ia型超新星の観測により、宇宙項が 0ではない宇宙の加速膨張を発見。重力作用による減速膨張が予測されていた。
当年、 多細胞生物ゲノム初発表。 Google誕生。

1999年非普遍的な動詞島仮説イケル トマセロ言語学個別表現的に取得し徐々に一般化する 性質。心と言葉の起源を探る。生成文法を批判。

2001年
(21世紀)
WMAPの打ち上げ
成果を2003年に発表
NASA天文,
技術
宇宙背景放射の観測が、インフレーション理論と、Black Holeと量子ゆらぎの 理論での予想と一致。ウィルキンソン・マイクロ波異方性探査機。精密な宇宙の年齢、暗黒物質等々値の総合観測。

2002年ウイルスを人工的に初合成医学小泉首相が訪問し、北朝鮮が拉致問題を 認める。

2003年ペンタクオーク等新粒子 発見中野貴志 等核物理ペンタクオーク等の新粒子をSPring-8等で発見。MV-5ロケットで探査機はやぶさを 打ち上げ。

2006年マイクロ波に対して不可視となる、メタマテリアルの実現デューク大学
ロンドン大学インペリアル ガレッジ
技術従来の光学的常識に反する性質を有するメタマテリアル(その人工素材をマイクロ波が迂回し避ける構造により不可視化する性質)を製造。Metamaterialを使うと、マイクロ波に対してある対称をほぼ隠す事が出来る。将来、可視光に対応するMetamaterialも期待。

2006年iPS細胞の 4遺伝子を特定山中伸弥医学万能細胞が4つの遺伝子を基とする事を特定し、iPS細胞と命名。

2012年不確定性原理の破れの補正を加えた“小澤の不等式”を実験で実証小澤正直量子2003年発表の小澤の不等式での不確定性原理の破れを実証。元々の位置の観測誤差と運動の乱れ、プランク定数の3要素に、位置と運動の量子ゆらぎを追加。

2012年ATLASと CMSが別々に
ヒッグス粒子の発見を発表
CERN の
ATLAS と CMS
核物理,
技術
初発表時にヒッグス場のボソンがATLASでエネルギー値が126GeV、CMSでは119GeVと124GeV付近での確を公開。LHCの加速器にてヒッグスボソンの発見で、標準模型のヒッグス機構を証明。
当年、ボイジャー1号が人工物で初めて 太陽圏を脱出。

・年・内 容人 名タグ解 説
補 足、 MEMO


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史実  コペルニクス  ケプラー  ガリレオ  ニュートン  マクスウェル  アインシュタイン  ホーキング  Black Hole  光について  統一理論  量子コンピューター  情報処理  オイラー  フェルマー  誕生|永眠

 


・私の学問の解釈。

辞書よりも個人的に細密な定義を模索。
物理学や哲学、科学的事実と医療的事実、明らかな差異、その解釈と足場等。


学問: あらゆる人、場所、時代で再現可能な知識構造体系。
数学: 数式という原理世界の言語活用と可能性追求と研究。
科学: 反証可能な事象の規則関係や体系的構造原理、その真理、本質を研究する学問。
物理: 自然の物質、現象の本質に対して、客観的観察と実験 データに基づく研究、反証可能な学問。
    特定の領域に対して複数の「科学的に正しい」仮説も有りえて将来、説がくつがえる可能性もある。
化学: 原子や分子、その構造、それらの化学反応や相転移、性質作用を扱う実験的自然科学。
医学: 人体の病気の原理作用の関係構造を研究し、その予防、治療のための研究。
医療: 病気の原因や予防、治療法の明確な解明と安全の割合が、国に認められているものを扱う。

理論物理学: 実験物理から、より根源的力学原理を数学的構造で探求する。実験検証困難なものを含む研究。
哲学: 世界構造や社会構造、あるいは、それらと心や自己との関係構造や、己自身を能動的に考察する学問。
宗教: 宇宙は神等、究極的構造に基づき出来たとする事象の意味付け。心の救済、心的世界信仰。

疑似科学(エセ科学): 科学ではない概念を、その様に提示し降るまう。
宗教的科学解釈: 自然現象は、科学理論に基づいて起きている。
科学的解釈: ある自然現象が、化学原理で成り立つ。天体現象は物理科学で説明出来る領域がある。


辞書のみでなく、自分でそしゃくし要約する事、各々の認識の足場確認も重要だと思ってまとめました。

・有史以前から哲学関係中心の、年表や解説の参考、出典ソースです。

   

・量子力学関係の、年表や解説の参考、出典ソースです。

                 

・数学、情報史関係の、年表や解説の参考、出典ソースです。

             

・アインシュタインと重力やブラックホール関係の、年表や解説の参考、出典ソースです。

       
         

・宇宙論関係の、年表や解説の参考、出典ソースです。

       

・医学史関係の、年表や解説の参考、出典ソースです。


       

・物理学史関係の、年表や解説の参考、出典ソースです。